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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
272
:
避難民のマジレスさん
:2019/10/20(日) 00:11:37 ID:/ZpCQ3Mc0
ラマナ・マハルシとの対話160
質問者
フリダヤ(ハート)とその中にあるスプラナ(「私-私」という輝き)とは何でしょうか?
それらはどのように現れるのでしょうか?
マハルシ
フリダヤとスプラナは真我と同じものです。
スプラナは現れるための土台を必要とします。
このことは『真我探究』(ヴィチャーラ・サングラハム)という本の中に説明されています。
質問者
スプラナはどのように現れるのでしょうか?
光や動きとしてでしょうか?
マハルシ
どうしてそれを言葉で表現できるでしょう?
それはそれらすべてを含んでいるのです。
それは真我です。
あなたの注意をそれにとどめなさい。
そしてその究極的特質をとらえたまま放してはなりません。
*『真我探究』(ヴィチャーラ・サングラハム)
1901年、シュリー・ラマナが22歳のときに与えた教えを弟子が書き記した最も初期の記録。
…それゆえ、死骸となった身体は死骸として捨て置き、「私」という言葉さえ口にせずに、「『私』として現れているそれは、いったい何なのか」と鋭く探究するべきである。
そうすれば、多数に分割された想念は消え去り、単一で分割不可能な純粋意識である「私-私」という無音のスプラナ(輝き、振動)がおのずと輝き出すだろう。
その体験を離れずにそのまま静寂の内にとどまれば、自我の形である「私は身体だ」という個我の感覚は完全に破壊され、スプラナさえも静まるだろう。
賢者や聖典は「ただこれのみが解脱である」と断言している。
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