[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
248
:
避難民のマジレスさん
:2019/10/07(月) 00:49:14 ID:5cT9Awlw0
ラマナ・マハルシとの対話148
1936年1月27日
グジャラート州から来た紳士が言った。
「私は音(ナーダ)に精神を集中させています。
この方法は正しいでしょうか?」
マハルシ
ナーダに瞑想することは、推奨されている修練方法の一つです。
この方法を実践する修練者は、特別な恩恵がそれにはあると宣言しています。
彼らによれば、それは最もやさしく直接的な方法です。
子守唄が子供を眠りに誘うように、ナーダは心をなだめ、サマーディの状態へと誘います。
王が長旅から帰還した王子を楽隊で迎え入れるように、ナーダは帰依者を快い手法で神の王国へと誘うのです。
ナーダは集中を助けますが、その後、修練自体をゴールとするべきではないことに気づくようになるでしょう。
ナーダが目的なのではなく、主体をとらえなければならないのです。
さもなければ、空白状態に陥ってしまうでしょう。
その空白状態にあってさえ主体は存在しています。
それでも、さまざまな音(ナーダ)が止まったことに彼は気づかないでしょう。
その空白状態にあってさえ気づくようにするためには、自分自身を覚えていなければなりません。
音への瞑想(ナーダ・ウパーサナ)は良い方法です。
もし探究(ヴィチャーラ)と組み合わせるなら、さらに良くなるでしょう。
その場合、ナーダはチンマヤ(純粋意識、知識)との組み合わせ、またタンマヤ(真我への没入)との組み合わせとなります。
ナーダは集中を助けるのです。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板