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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
241
:
避難民のマジレスさん
:2019/10/03(木) 23:34:22 ID:5cT9Awlw0
ラマナ・マハルシとの対話145
P・ブラントン氏
なぜ宗教は神や天国や地獄について語るのでしょうか?
マハルシ
それらが世界と同程度のものでしかなく、ただ真我だけが実在だということを人々に理解させるためです。
宗教は探究者の観点によるのです。
『バガヴァッド・ギーター』を例にとれば、アルジュナが、「王国を継承するために、親族や年長者と闘い殺し合うことはできない」と言ったとき、シュリー・クリシュナは、「彼らや、あなたや、私は、以前に存在していなかったわけでも、今存在しないわけでも、これ以降存在しなくなるわけでもない。何も生まれなかったし、何も死にはしなかった。これ以降そうならないというわけでもない」などと説きます。
後に彼は論題を発展させ、「私は同じ教えを太陽神に伝え、太陽神はイクシュヴァークに伝えた」と宣言しました。
アルジュナは疑問をもたげ、「どうしてそんなことがありえるのでしょう?あなたは何年か前に生まれましたが、彼らは幾世代も前に生きていたのです」と問いただします。
するとシュリー・クリシュナはアルジュナの論点を理解して、「そうだ。今まで私もあなたも数知れない転生を通ってきた。私はそのすべてを知っているが、あなたは知らないのだ」と語ります。
このような言葉は一見矛盾して見えますが、それでも質問者の観点からすれば、それは正しいのです。
キリストもまた、「私はアブラハム以前に存在していた」と宣言しています。
質問者
宗教におけるそのような描写の目的は何なのでしょうか?
マハルシ
ただ真我の実在性を確立させるためです。
質問者
バガヴァーンはいつも最高位の観点から語られます。
マハルシ
(微笑みながら)人々は単純な裸の真理──彼らの日常の、常に存在する、永遠の体験の真理を理解しません。
その真理とは真我の真理なのです。
真我に気づいていない人がいるでしょうか?
彼らは真我について聞きたいとさえ思いません。
その反対に、人々は何か彼方なるもの──天国や地獄、輪廻転生などについて熱心に知りたがります。
なぜなら、彼らは神秘を愛しており、裸の真理を愛してはいないからです。
それゆえ、宗教はただ真我の周辺に彼らを連れてくるだけのために、欲しいまま与えて甘やかします。
あちらこちらをさ迷い歩いたあげく、結局は、他でもない真我に戻ってこなければならないのです。
ならばなぜ、今ここで真我として在ろうとしないのでしょうか?
天国や地獄は、それを見る者あるいは考える者である自己を必要とします。
天国や地獄の実在性は、それを見る者あるいは考える者と同程度でしかないのです。
天国や地獄は見る者なしには存在できません。
それゆえ、それらは自己と異なりません。
たとえ無知な人でさえ、物事を見るときは、ただ自己だけを見ているのです。
しかし彼は困惑し、身体や感覚やこの世の劇(ドラマ)といった対象と真我を同一視してしまいます。
主体も対象も、すべては真我の中に融け入るのです。
そこには見る者も見られる対象も存在しません。
見る者も見られるものも真我だからです。
多くの自己が存在するわけでもありません。
すべてはただ一つの真我なのです。
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