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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
214
:
避難民のマジレスさん
:2019/09/20(金) 23:46:08 ID:FXk.y0gQ0
ラマナ・マハルシとの対話132
教養ある男性が尋ねた。
「絶対なる存在というものがあるのでしょうか?
それと相対的存在との関係性とはどのようなものでしょうか?」
マハルシ
それらは互いに異なったものでしょうか?
すべての質問は心からのみ現れます。
心は目覚めとともに立ち現れ、眠りとともに沈みゆきます。
心が存在するかぎり、そのような質問や疑問は起こるでしょう。
質問者
「絶対なるもの」に達するには、段階的な進展があるはずです。
実在にも段階があるのでしょうか?
マハルシ
実在に段階はありません。
ジーヴァ(個我)にとっては体験の段階がありますが、実在にとってではありません。
新たに得ることができるものなら、やがて失われるときも来るはずです。
一方「絶対なるもの」は、今ここに在るのです。
質問者
もしそうなら、どうして私は無知なままでいるのでしょうか?
マハルシ
誰にとっての無知だと言うのですか?
「絶対なるもの」があなたに、「自分は覆い隠されている」と言うでしょうか?
何かが「絶対なるもの」を覆い隠していると言うのはジーヴァなのです。
誰にとっての無知なのかを見いだしなさい。
質問者
なぜ完全性の中に不完全性があるのでしょうか?
つまり、どうして「絶対なるもの」が相対的になったのでしょうか?
マハルシ
誰にとっての相対性でしょうか?
誰にとっての不完全性でしょうか?
「絶対なるもの」(純粋意識)は不完全ではなく、質問さえできません。
「生命意識のないもの」(身体)も質問できません。
この二つの間に何かが現れ、疑いを感じ、質問をするのです。
それは誰でしょうか?
それは今、現れたものでしょうか?
それとも、それは永遠なるものでしょうか?
完全でありながら、あなたはなぜ不完全だと感じるのでしょう?
すべての宗教の教えとはそのようなものです。
体験がどのようなものであろうと、体験者は一人であり、同じなのです。
「私」はプールナ──完全です。
眠りの中に多様性はありません。
それが完全性を示しているのです。
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