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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

208避難民のマジレスさん:2019/09/17(火) 23:51:26 ID:FXk.y0gQ0
ラマナ・マハルシとの対話129

1936年1月6日

以前にB・V・ナラシンハ・スワミとともに仕事をしたことがあり、ヴィシシュタアドヴァイタ(限定不二一元論)関係の書籍の著者でもある老紳士がここを初めて訪れた。
彼は転生について質問し、微細身(リンガ・シャリーラ)が融け去って、死後二年以内に転生することは可能かどうかと尋ねた。

マハルシ
 確かに可能です。
 転生が可能だというだけではなく、たとえ死後二年以内でも、新しい身体の中で二十歳、四十歳、七十歳でいるかもしれないのです。

シュリー・バガヴァーンは『ヨーガ・ヴァーシシュタ』からリーラーの物語を語った。

マハルシ
 シュレヨー・ヒ・ジニャーナン・アビャーサーット・ジニャーナーット・ディヤーナン、ディヤーナーット・カルマパラ・ティヤーガハ。
 「努力によって繰り返し修練することよりも、知識のほうが優れている」。

 ここでいうジニャーナとは、修練なしの知識を示し、アビャーサは知識なしの修練を、ディヤーナとは知識をともなった修練を意味しています。

 修練をともなわない知識は知識なしの修練よりも優れ、知識をともなった修練は修練なしの知識よりも優れています。
 
 カルマパラ・ティヤーガハ、ニシュカーマ・カルマ。
 「行為の結果に対する執着を離れた、動機や欲望のない行為」(『ヨーガ・ヴァーシシュタ』)は賢者(ジニャーニ)のもので、それは知識をともなった修練よりも優れています。

質問者
 ヨーガと明け渡しの違いは何でしょうか?

マハルシ
 明け渡しはバクティ・ヨーガです。
 「私」という想念の源にたどり着くことが自我の破壊であり、目標の成就です。
 それが明け渡し(プラパッティ)であり、叡知(ジニャーナ)なのです。


*『ヨーガ・ヴァーシシュタ』からリーラーの物語…

この物語は、宇宙の本質、死と死後の本性、時間と空間の相対性、世界の中に存在する世界、欲望と想念が顕現を生み出す力を説明している。

パドマ王の献身的な妻リーラーは夫を不死にしようと宗教的儀式を行うが、それが不可能であることを悟り、女神サラスワティーに祈る。
彼女の帰依心に満足したサラスワティーは、夫が死んでも彼の魂は彼女の部屋にとどまるようにという彼女の願いをかなえた。
やがてパドマ王は戦争で死に、悲しみにくれる彼女の前に女神サラスワティーが現れる。
女神は王の身体を保存するよう彼女に命じた。
リーラーは夫の死後の状態を知りたいと女神に懇願する。
女神はリーラーにさまざまな次元の世界が不可視のまま相互に関連しながら存在していることを説明し、さらに内的なヴィジョンの中でそれらの世界を訪れる方法を彼女に授けた。
こうして夫の死後の世界を訪れたリーラーは、彼が16歳の若い王として別の王国を統治している姿を見る。
リーラーは驚愕するが、サラスワティーは、リーラーは前世においてヴァシシュタというバラモンの妻アルンダティとして別の世界で小さな小屋に暮らしていたと告げた。
ある日、夫ヴァシシュタはある王が壮麗な行列を従えて行進していくのを見て、自分もあのような王になりたいと願い、その願いを胸に抱きながら死を迎えた。
死別の苦しみに耐え切れない妻アルンダティは、自分自身を夫とともに荼毘に付した。
サラスワティーはこれが一週間前に起こったことで、このバラモンの夫婦がパドマ王とリーラーになったのだと説明する。
この話を疑ったリーラーを納得させるため、サラスワティーは彼女をその世界に連れ戻した。
リーラーは死去したバラモンの夫婦の息子から事実を明らかにされる。
その後、リーラーは瞑想を通して創世記以来の自分の過去世をすべて思い出す。
リーラーとサラスワティーはパドマ王の来世の世界を訪れ、ヴィドゥーラタ王と呼ばれ70歳になっていた彼を見いだす。
彼の現在の妻もやはりリーラーと名乗っていた(ここではリーラーⅡと呼ぶ)。
王の部屋に現れたリーラーとサラスワティーは、王に彼の過去世だったパドマ王について語った。
すると王は再びパドマとして生きたいという願望を抱いた。
リーラーⅡは女神に夫の来世でも彼と共に暮らしたいと懇願する。
やがてヴィドゥーラタ王は戦争で死に、彼の魂は次元を超えて、再びパドマ王の遺体の中に入った。
目を覚まして起き上がったパドマ王は、そこに2人の妻と女神を見いだす。
驚く王にリーラーが状況を説明すると、王は敬意とともにサラスワティーを礼拝した。
サラスワティーは満足すると、祝福として長寿と富、繁栄と真我実現を彼に与えたのだった。


*シュレヨー・ヒ・ジニャーナン・アビャーサーット・ジニャーナーット…『バガヴァッド・ギーター』12-12

ヨーガの修練が無理なら、知識を極めよ。
だが、知識よりも瞑想のほうが優れ、瞑想よりも行為の結果を放棄するほうが優れている。
なぜなら、心の平安は放棄によって得られるからである。


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