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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
202
:
避難民のマジレスさん
:2019/09/14(土) 23:52:38 ID:FXk.y0gQ0
ラマナ・マハルシとの対話126
1936年1月4日
再びセイェド博士が尋ねた。
「霊的進歩を望む人は、行為の道(プラヴリッティ・マールガ)と放棄の道(ニヴリッティ・マールガ)のどちらを選ぶべきでしょうか?」
マハルシ
あなたは真我の外へ行くことができますか?
放棄とは何を意味するのですか?
アメリカ人のエンジニアがサットサンガ(賢者との交際)について尋ねた。
マハルシ
サット(真理)は私たちの内側にあります。
質問者
『私は誰か?』という小冊子の中で、あなたは「ハートは心の座である」と述べられています。
そうなのでしょうか?
マハルシ
心はアートマンなのです。
質問者
それはアートマン自体でしょうか、それともその投影なのでしょうか?
マハルシ
それは同じことです。
質問者
西洋人は心を最高原理と見なしています。
一方、東洋人はその反対です。
なぜでしょうか?
マハルシ
心理学が行き着いた果てから、哲学が始まります。
これは体験なのです。
心は生まれ、私たちはそれを見ます。
たとえ心がなくとも、私たちは存在しているのです。
みなの体験がそれを証明しています。
質問者
深い眠りの中では、私は存在していないように見えます。
マハルシ
あなたがそう言うのは目覚めたときにです。
今、話しているのは心です。
深い眠りにおけるあなたは心を超えて存在しているのです。
質問者
西洋哲学は高次の自己を「心に感化を与えるもの」として認めています。
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