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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
157
:
避難民のマジレスさん
:2019/08/23(金) 23:58:49 ID:et2usUsg0
ラマナ・マハルシとの対話104
1935年11月28日
デリー出身のインド政府鉄道の役員であるキショーリーラール氏は、飾らない静かな物腰で、威風堂々としている。
胃潰瘍を患っているため、町に宿泊している。
五年前、彼は帰依信仰(バクティ)の文学を研究し始めた。
シュリー・クリシュナの帰依者でもある。
彼はすべてにクリシュナを見、クリシュナはたびたび彼の目の前に現れて至福を与えた。
仕事は彼の努力なしに進んだ。
あたかもすべてはクリシュナ自身によって彼のために為されるかのようだった。
後に、彼はあるマハートマー(偉大な聖者)との接触を得、ヴェーダーンタ哲学を学ぶこととニラーカーラ・ウパーサナ、つまり無形の存在に帰依することを勧められた。
彼はすでに『ウパニシャド』、『アシュターヴァクラ・ギーター』、『アヴァドゥータ・ギーター』、『シュリーマッド・バガヴァッド・ギーター』などを含む七百冊の哲学書とヴェーダーンタの本を読んでいた。
彼はまたシュリー・バガヴァーンの英訳本も読んでおり、非常に深い印象を受けていた。
以前、彼が死の瀬戸際にあったとき、人生においてまだシュリー・バガヴァーンを訪れていないという思いだけが唯一彼をとらえた。
こうして彼は短い滞在だがアーシュラマムを訪れたのだった。
彼はただシュリー・バガヴァーンに触れていただき、恩寵を授かることだけを懇願した。
師は『バガヴァッド・ギーター』から引用して言った。
マハルシ
「私はアートマンである」。
アートマイヴァーハム・グダーケーシャ。
真我(アートマン)はグルであり、恩寵でもあります。
アートマンなしに生きる人はいません。
人は常に接触しています。
外的な接触は必要ないのです。
質問者
理解しています。
外的な接触を意味しているのではありません。
マハルシ
真我よりも親しいものはないのです。
質問者
三ヶ月前にシュリー・クリシュナが私の前に現れ、こう言ったのです。
「なぜあなたは私にニラーカーラ・ウパーサナ(無形の真理への瞑想)を求めるのか?
それはただサルヴァ・ブーテーシュ・チャ・アートマナーン・サルヴァ・ブーターニ・チャ・アートマニ(真我はすべてに存在し、すべては真我の中に存在する)ということなのだ」と。
マハルシ
それは全真理を包括しています。
しかし、これできえ間接的(アウパチャーリカ)です。
事実は、「真我以外の何ものも存在しない」ということです。
世界は心の投影でしかありません。
心はアートマンから現れます。
それゆえ、アートマンだけが「唯一の存在」なのです。
質問者
それでも、それを実現するのは困難なことです。
マハルシ
実現するようなことなど何もありません。
それはニティヤ・シュッダ・ブッダ・ムクタ(永遠、純粋、覚醒、解放)です。
それは自然で永遠のものです。
新たに得るものなど何もありません。
その反対に無知を棄て去らなければならない、ただそれだけです。
この無知の源まで遡らなければなりません。
誰にとっての無知なのでしょうか?
何に無知なのでしょうか?
主体と対象があります。
そのような二元性は心の特性です。
そして心はアートマンから生まれるのです。
質問者
そうです。
無知はそれ自体では存在できません。
(彼はついに降参するとこう言った。
「医師が患者のどこが悪いかを見つけ出し、それにしたがって治療をするように、シュリー・バガヴァーンもまた私に同じようにしてください」。
彼はまた「本の研究やそれから学ぼうとする傾向を完全に失いました」と語った)。
*サルヴァ・ブーテーシュ・チャ・アートマナーン…:『バガヴァッド・ギーター』6-29
ヨーガによって真我を実現した人は、自己を万物の中に見、万物を自己の中に見る。
それゆえ、彼は一切を平等に見ている。
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