したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5

149避難民のマジレスさん:2019/08/20(火) 01:24:14 ID:okdDpu6.0
G 

サットとは存在、つまり基盤(アーダーラ)のことです。
サットから個としてのジーヴァが現れます。
ジーヴァは自分自身を粗大な身体と同一視するという無知に覆われています。
ここでいう無知は、真我を探究しないことを意味しています。
実際には、ジーヴァは知識以外の何ものでもないのですが、無知ゆえに粗大な身体との自己同一化が起こるのです。



再び、師は赤い熱鉄球(タプタ・アヤハ・ピンダヴァト)の比喩を用いてそれを解説した。

鉄の玉に火を加えることが赤い熱鉄球を形作るように、世界に純枠な意識(チット)を加えることが個我(ジーヴァ)を形作るのです。


*『カイヴァリャ・ナヴァニータム』1-26

15世紀のアドヴァイタの聖典『カイヴァリャ・ナヴァニータム』は、「束縛と解放、世界という幻影とその幻影の消去」について説明している。
この対話においてマハルシは、いかに純粋意識である真我(ブラフマン)から世界と個人という幻影(マーヤー)が現れたかを、AからHまでの7つの異なったモデルを用いて繰り返し説明している。

しかし彼自身は、「世界創造はまったく一度も起こらなかった」とする「非起源論」が究極の真理であると説いているため、この世界創造の過程の説明は、「非起源論」を受け入れることができず、創造の過程に関心を持つ探究者の知的好奇心を満足させたうえで、彼らの関心を創造の源である真我に向けさせるためのものでしかない。

また、この対話の中の図や表は、マハルシが自分で描いたわけではなく、記録者が自分の理解に従って描いたものである。


*赤い熱鉄球 (タプタ・アヤハ・ピンダヴァト)

鉄の球は硬く冷たいが、火に熱せられると柔らかく熱くなり、火の赤みを帯びる。
火から離せば鉄の球は元のとおりになる。
鉄の球は身体を表し、火は意識を表す。
身体自体に生命意識はない。
しかし意識が身体に入ると、身体は意識の質と付属性を得たかのように見え、意識は身体に限定されたかのように見える。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板