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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
124
:
避難民のマジレスさん
:2019/08/08(木) 13:53:09 ID:okdDpu6.0
ラマナ・マハルシとの対話88
同じ紳士が尋ねた。
「聖パウロの啓示におけるキリストの重要性とは何でしょうか?」
マハルシ
啓示は絶対のもので、身体と関わったものではありません。
聖パウロは「真我ー意識」を実現した後で、その啓示が「キリストー意識」と同じものであることを悟ったのです。
質間者
しかし聖パウロはキリストを愛する者ではなかったのではありませんか?
マハルシ
愛か憎悪かは重要ではないのです。
キリストへの想いはそこにありました。
それはラーヴァナの場合と似ています。
「キリストー意識」と真我実現は同じものなのです。
*聖パウロの啓示
熱心なユダヤ教徒の立場から、初めはキリスト教徒を迫害する側についていたが、ダマスカスへの途上で、復活したイエス・キリストから「なぜ私を迫害するのか?」と呼びかけられ、その後、目が見えなくなる。
あるキリスト教徒が神のお告げによって彼のために祈ると、目から鱗のようなものが落ちて目が見えるようになり、回心してキリスト教徒となった。
*ラーヴァナの場合…
『ラーマーヤナ』において、10の頭を持つ魔王ラーヴァナは絶えずラーマ神を憎み続け、彼の破滅のみを考えていた。
こうしてラーヴァナは否定的なアプローチで神を想い続けたのである。
マハルシが「愛か憎悪かは重要ではない」と言われるように、たとえ憎しみであってもすべての想いを絶えず神のみに注ぎ続けた魔王ラーヴァナは、ラーマ神の恩寵によって死の瞬間に解脱に達する。
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