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【仏教】悟りを開いた人のスレ避難所51【悟り】
159
:
素人A
:2018/01/15(月) 23:40:34 ID:wVAiAl6o0
十方 玉城康四郎さん解説より抜粋。 いつたい、激流の太刀にこれまでいくたび突き破られてきたことであろうか。しかし
いつのまにか、塞がるはずのない無穴の大穴がみえなくなつてしまうのである。・・・最後の項目は光明である。十方全体は自己
の光明であるという。その自己とは、父母未生以前の鼻の孔である。その本当の自己が実現すると、仏殿が開いて仏にまみえる。
しかしいつのまにか、別人のための別のものにとりかえられてしまう。またそれを打破して合い見える。私はこの繰り返しを、何
と何十年もの間性懲りもなく続けてきたことであろうか。道元もまた同じ思いを経験していることに、格別の親しみを覚える。
道元はさらに次のような意味の一文を続ける。「本来の面目を呼び出すことはやさしいが、忘れ去ることは難しい、しかし呼び出
されるならば、これまでの私はぐるりと回転する。回転すれれば何の用もなくなる。おやおや、まだわからないのか、三十棒を恵
んでやつたではないか」この簡潔な一節のなかに、私の悦楽と失望の絡み合いが濃縮されている。そしてようやく、その絡み合い
から解き放たれようとしながら、私はまた新たな不可思議感を覚えはじめている。その感覚の道理については容易に表し得ないが、
いま突然と覚えるのは、本来のふるさと感と、無量こう来住み続けた仮住まいへの親しさとの結び合いである。この不可思議感が
これから私の体内でどうなつていくのか、『眼蔵』の先の巻を読み続けながら注視して行きたい。
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