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鬼和尚に聞いてみるスレ part9
119
:
進路探訪者
:2017/06/20(火) 20:48:31 ID:DIiPmWc60
>>115
ご教授ありがとうございました。
・・・話を変えて申し訳ありませんが、本日すごい変化がありました。
自分の中にたくさんある苦の1つの原因が分かり、それが消えました。
消えた苦とは、複雑なものです。世間体や常識という物差しで
自分を無価値な存在としか見なせなかったといった感じです。
社会では、世間体や常識という、とりあえず悟りを開いていない身の上
では大海原のような強大でどうにもならない観念があります。
また、私は幼少のころからいじめや運動ができないコンプレックスから、
すぐ自己否定をする癖がついております。
社会人になり常識や世間と出会った結果、世間体や常識という観点から
自分の評価をしてしまい、今までの自分が非常識であったことを恥じました。
それ自体は悪いことではないかもしれませんが、いくつもの非常識な言動
をした記憶が残り、それが生来の自己否定という感情と結びつき、
非常識な言動をした自分の存在の全てを否定してしまっていました。
しかし、最近になり、それは単に、自己否定という感情と世間や常識との
区別が単についていないだけであるのが原因と分かりました。
世間や常識は私の価値とは無関係で、そういう誤認とは、自分のことを
他人が悪口をいっていたのを間違って認識していたからでした。
むしろ、他人と対決せずとも世間体が原因で自分が非難されるべきならば、
世間体にはかなわないからしょうがないと、世間体という束縛を同時に
自己逃避の手段としていました。今では、世間体とはもっと道徳的に強く
非難されるべきことがらで関係してくるので、とりあえず自己否定したい
感情とは関係ないと見なせるようになりました。
これがわかって自分の苦が一つ消えたと思っているのですが、これは
仏教的にも苦が消えたと考えても良いのですか?
そうだとすると、苦が消えるというのは、時には自分の苦の原因と
なっている観念を論理的に探ることでもよいのですか?
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