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鬼和尚に聞いてみるスレ part2
141
:
473
:2013/11/07(木) 18:11:32 ID:XpOqqj3k0
自我は観念である、というが、それがどうしたというのだろうか。
その観念である自我に同化している。
我々は観念そのものなのだ。
観念そのものである我々が自身を観念だと把握することはできない。
それは2重の観念になる。
また、仮に観念だとして、その観念が私たち自身なのだ。
観念だから大したことない、観念だから幻だ、とはならない。
私たちは観念と自身を同一視していて、観念が大好きなのだ。
何かが観念だと見抜く。
鬼和尚はそういう2元性のスタンスをよく使う。
「私は真実で対象や他人は幻だ」と
いやいや、偽りであるのは私の方であり、それに少しでも気づいた人は自然な謙虚さが身につくもの。
「私は偽りだった」と私は言う。
これがスーパーエゴ。
私は偽りだったという理解は、態度からしか現れません。自然な謙虚さ。誇示の無さ。
問題は観念と同化している我々の意識の持ちよう。
「自我は観念に過ぎない。」
そう唱えても観念との同化は全く変わらない。
そもそも自我は物ではない。観念でしかありえない。
だからそんなことを言っても何の解決にもならない。
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