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鬼和尚に聞いてみるスレ【1】

602鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/09/12(木) 21:44:48 ID:kaXJvxhM0
>>599  漢訳の経典を見れば諸法無我と書かれているのじゃ。
 しかしこれはわしが通常言う自我が無い事とは違うのじゃ。

 わしが言う無我はその文字の通り、我と言う認識が無い事なのじゃ。
 その境地では一切が充足し、心が静まり、世界が光り輝き全て繋がっている感覚がある。
 それは真の悟りではないが、真実の世界を垣間見る小悟の境地なのじゃ。

 経典に書かれている無我とはアートマンは無によってのみ定義されるという事なのじゃ。
 これを学の浅い学者などはお釈迦様はアートマンの思想を否定したなどと勘違いしているのじゃ。

 実際にはアートマンとは思想ですらなく、空と同じように一切がアートマンであり、そのアートマン自体は無で現されるという行法なのじゃ。
 それを修めれば執着を去り、認識を止め、自我を滅する事も出来るのじゃ。

 そのように定義されるアートマンは我ではなく、真の我、真我でもないのじゃ。
 修行の為の方便に過ぎないものであるからのう。
 アートマンを我と訳すのが間違いなのじゃ。

 バラモン経典にもアートマンは知識などではなく、瞑想されるべきものと記されておる。
 お釈迦様が諸法無我といったのは、一切はアートマンであり、そのアートマンは無によって現されるという正しい古の法を示しただけなのじゃ。
 
 お釈迦様は古いインドの聖典を習い、その言語によって法を説いたのじゃ。
 大多数の修行者には関係無い異次元の話であるが、本当のお釈迦様の言葉の意味を知ろうと想うならば、その時代の古いギータなどを読んで、意味を理解すべきなのじゃ。


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