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佛教の經典・祖録・禪語等の保管庫
592
:
避難民のマジレスさん
:2015/08/26(水) 18:26:20 ID:jDggCKfs0
http://fsspxjapan.fc2web.com/maria/fatima2.html
しかしこの我々に与えられたものを見ますと、少なくとも次のことが言えるでしょう。
まず、この「運動」の起源には天主をさらによく愛そう、贖い主なるイエズスにもっと一致しよう、主のご受難において主キリストともっと親密に一致しよう、そのために愛によって苦しもう、などという考えのかけらもありませんでした。
もっとひどいことに、天主様の御旨にさらに良く答えるために、天主様のみ旨をより良く生きるために、聖性において成長するために、聖寵の恵みに満たされ、清められるために、聖霊の恵みが欲しかった、などというのでもありませんでした。
そうではない!ただ単に「聖霊を欲し、『すぐ何らかのしるしで』それを知らせるように神に願った(同書14頁)」のです。それは「こらえられなくなって」しまうので、「すぐ」に、目に見え耳に聞こえる形で、初代のキリスト者たちが持っていた特別の力が欲しかったのです。オズマンは何で私にもこの神の力が貰えないのか?と自問するのです。
ちょうど奇跡を行う力が欲しく信者を装って、金を持って来て「按手すれば聖霊を授けられるように、わたしにもその能力をください」と言ったあの魔術師シモンとそっくりではないでしょうか!この最初の異端者、宗教詐欺師は、天主への愛などそっちのけで、ただ奇跡を行う力が欲しかったのです!
ジョン・シェリル(JohnSherill)の、『彼らは異語で話す』と言う本であった。この本にはどうしたら霊の経験をすることができるか実際的な手段や方法が書かれていた。彼らは、ウィルカーソンが持ていたように思われるこんな力が必要だと気が付くようになって行った。どうしたらこの「力」が受けられるのか。ラナガンによると、その4人の神学の教授がいろいろな可能性を検討したという。まず、カトリックの祈りで聖霊を呼び求めつつ祈り続ける? 彼らは既にやってみた。それはオコーナーの本にも書いてある通りである。しかし彼らはそれはうまく行かなかったという。やってもやっても駄目だ!と愚痴をこぼすのである。では互いに按手し合ったらどうか。しかし彼らにはどうもそれが最善の方法とは思われなかった。結局、もっと別のところに行かなければならないのではないでしょうか?彼らの頭の中にあったのはだだひとつでした。聖霊降臨派の教会へ行こう!と。(「毎日、聖霊降臨のミサの続誦を唱えるように協定した。…二人はこの年[1966年]の間ずっとこの祈りをつづけた。その結果何が起こったかの詳述は割愛するが、本書のねらいからいって、ここでは、約20人の学生や職員が、生活上深刻な宗教的変革を経験したというだけにとどめておく[!]。」と、オコーナー神父は書きますが、これだけを読みますと、普通の読者は、彼らがカトリックの祈りをもってカリスマを受け取ったかのように錯覚を受けるでしょう。)
我々は、まずカトリック教会における聖霊降臨運動が、その創立に当たって、プロテスタントたちによって指導影響を受けたことが分かります。それだけではありません。その発展段階においても、いつもプロテスタントと一緒であったことがオコーナーの本によっても知られます
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