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なぜエスペラントは普及しないのか?

451ベダウリンデ:2009/05/13(水) 09:15:23
「同じ強さの強拍が規則的に出てくる例」は、能の「大ノリ、中ノリ」がありましたね。
私は素人なので、単にセリフを読んでいるだけのように聞こえていましたが、
「謡」ともいうし、演じてる人は「うたってる」のかもしれないですね。
それに、敢えて棒読み状態で「うたう」事による音楽的効果もありますね、きっと。
緊迫感とか、鬼気迫る感じ、とか、やわな感情では立ち向かえない状態、とかを表現できるんだと思う。
お経もそうですね。(等拍に読むタイプのお経です。声明もお経の一種だから、ただし書きが必要です)
棒読みは感情を抑えてる感じがするので、それにより逆に、鬼気迫る凄味が感じられるのかもしれないです。

日本語は音節リズムの言語だから、何も感情を入れないと、単純な等拍の棒読みになる。
日常語では感情が入るので、多少等拍性が崩される。
感情を堂々と表現した「歌」となると、等拍性は意図的に崩され、はずんだり、語尾が伸ばされたりする。
和歌は感情を表現する芸術だから、等拍ではないリズムで歌うのが「正統」なのではないか??と。。
以上は私の推論です。

エスペラントや英語など、強勢リズムの言語はどうなのでしょう?
何も考えないで喋ると、強弱のリズムがバラバラになるので、その点を「醜い」と感じるのでしょうか?
日本語とは逆に、拍節にきれいに並べることが、彼らにとっての「美」であり「感情がこもってる」事になるのでしょうか?

こういう話には興味のない人が多いと思いますが、皆様のご意見をお聞かせ下さい。


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