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Ido(イド語)は言語的に優れているか?

1なつ:2007/12/22(土) 04:56:08
イドに対して多くの日本人は、
「イドはエスペラントの不備、欠点、欠陥を直し改良したもの。
初め多くのエスペランティストに受け入れられていったが変更につぐ変更で
捨てられていった。
しかし変更が止まった今、実際はエスペラントよりもいいものになっているのでは?
よくは知らないけど。まあイドよりも不備が多いかもしれないけど、
使用者数、書籍など普及率で断然まさっているエスペラントのままでいいかな。
っていうかどうやってイドを学ぶか知らないし、裏切り者の言語だしねえ。」
というようなことを思っている人が少なからずいます。
では、本当にイドの文法や語彙などは、現在エスペラントよりも優れているのでしょうか?
感情的や情緒的ではなく、あくまでも言語として考察しましょう。

2なつ:2007/12/22(土) 05:30:10
イドの文字、発音、アクセントについて。

改良面。
1、字上符の廃止。
2、gx音の廃止。(つまり日本語でいえば「じゃ」は2種類から1種類となった)
3、jはジャ行。(エスペラントではJはヤ行でjxがジャ行)
4、yはヤ行。(エスペラントにyはない。ヤ行はj。)
5、wはワ行。(エスペラントにwはない。ワ行はux。)
(なおアクセントはエスペラントと同じ。つまり2音節以上の語は後ろから2番目の母音。)

例外の創設。
1auと綴っても、発音はawである。
2euと綴っても、発音はewである。
3ioと綴っても、発音はyoである。
4iaと綴っても、発音はyaである。
綴りと発音の乖離の創設にともないアクセントにも乖離がでてくることになる。
例えば、audasと綴るがawdasと発音するため、アクセントも後ろから2番目の母音ではなく、
aにアクセントがくる。また、familioは発音はfamilyoなのでmiにアクセントがくることになる。

5動詞の不定詞は最後の母音にアクセント。
例えば過去不定詞amirはiのほうにアクセント。

3なつ:2007/12/22(土) 05:58:50
イドの対格nについて。
改良面。
対格のnは不要。

例外の創設。
目的語が動詞の前に来るとき、対格のnが復活する。
1、倒置をするとき
2、特に目的語に代わる疑問詞、関係代名詞は必ず動詞の前に来るからnが常に必要となる。

イドの冠詞について。
エスペラントと同じでlaが基本。

例外の創設。
1次に母音がくるとl’でaの消失。
2前置詞de,da,diのあとにくるとき、合体してdel,dal,dilという形になる。
3前置詞aのあとにくるとき、合体してalという形になる。
4la+形容詞+名詞で、名詞が複数でかつ、省略(例えば文脈により繰り返しをさけるようなとき)した場合laはleになる。
(イドは形容詞は格変化しないので省略された名詞が複数であることを意図)

4なつ:2007/12/22(土) 06:18:54
イドの形容詞について。
エスペラントと同じで語尾がa。
改良面。
エスペラントと違い対格がなく格変化しない。

例外の創設。
ヨーロッパの自然言語にあわせて、
ヨーロッパ的主観でaを除けたほうが語調がいいと思えば除けてもいい。
例えばBon jorno. Kar amiko.
あるいは特にspecialaなどalaで終わるものなどは語尾aの省略がみられる。

5なつ:2007/12/22(土) 06:38:53
イドでは、ロマンス語に近づける意図のみで語彙をどんどん変更していったと断定できるものが散見できる。
なお作者ボーフロンはフランス人。

Bonan tagon.(エス) → Bon jorno.(イド)・・・イタリア語?
Kaj vi?(エス) → E vu?(イド)・・・フランス語?

エスペラントでは反意語はmalで作るがイドではdesで作る。
しかし別の形も存在し入門期を出たらそちらを使うべきらしい。
つまり結局、エスペラントの倍の労力で反意語をすべて覚えていかなければならない。

bona(良い) : desbonaまたは mala(悪い)
bela(美しい) : desbelaまたはleda(醜い)
forta(強い) : desfortaまたはfebla(弱い)
richa(金持ちの) : desrichaまたはpovra (貧乏な)

6なつ:2007/12/24(月) 01:22:51
日本で有名な宣伝サイト「国際語IDO
...その可能性と必要性
Ido, Esperanto reformita」への反論。
>>エスペラント語の字上符がどんなに不便な物であるか
>>を懐かしく体験する事が出来ます。字上符が無いとコンピュータを使うのがこん
>>なに楽なのかと分かる
>>イド語では形容詞の語尾は名詞と歩調を合わせる必要がありません
>>語順を英語と同様に定めているので、目的語をどうしても動詞の前に出す必要が
>>ある時にエスペラント語と同様に−nを使う以外には、対格語尾を必要としません
まさに英語のみに焦点をあてた狭い視野。
さらに対格nについてですが、結局、対格nの呪縛から逃れられず逆に複雑にしています。
エスでは「目的語は語尾n」で終わる解説を、だらだら例外項目と例文を述べないのといけなくなった。
対格の呪縛からのがれられない中途半端かつより複雑な言語となった。

7なつ:2007/12/24(月) 01:51:38
「国際語IDO
...その可能性と必要性
Ido, Esperanto reformita」への反論

>>エスペラント語では重要な場面での多義語が幾つか認められ、意味が不明確です。
>>antau 場所の前(avan)、時間の前(ante)
日本語批判にも聞こえますね。日本語でも「前」ですから。
わざわざあなたも「場所の」「時間の」と書かなくてはならない。滑稽です。
>>de  de(of) da(by) de(from)
(de(of)は恐らくdiの誤り)
現実的に運用するときdaだったかなdeだったかなと、考えてしまうことがある。
実際あなたも混乱して間違っているのだから(笑)
さらにフランス語などまさに三種類ともdeである。
deのみでいいのは数百年のそれで証明済み、エスももう百年の歴史がある。
>>atendas  期待する(expektas)、待つ(vartas)
>>eble   可能な(posible)、多分(forsan)
>>neebla  否定出来る(negebla)、不可能な(neposibla)
>>povas   能力的に出来る(povas)、許可されて出来る(darfas)
文脈や言いかえで十分対処できる。ていうか
多義語というか、ebleなんかは、「可能な」の意味もも「多分」の意味も、エスではないはず。
「ひょっとして」みたいな意味しかないと思いますが。
povasに関してはこれも、日本語(あるいは英語)でどう説明するんですかね。
「能力的に」「許可されて」出来る?日本でも区別の必要はないしあなたがそれを
逆に証明している。これまた滑稽です。

8槍騎兵:2007/12/24(月) 10:40:54
> 『新生人工言語論が真実を知っている』スレッドの85

 了解致しました。そういう事でしたら、こちらで遠慮無く感想その他を書き込ませていただく事に致します。
スレッドの性質上、再反論めいたものが多くなってしまいますが、あくまでも私の個人的な好みに基づいての
書き込みに過ぎませんのでその点あらかじめお断り申し上げておきます。

>>2
> 1auと綴っても、発音はawである。
> 2euと綴っても、発音はewである。
> 3ioと綴っても、発音はyoである。
> 4iaと綴っても、発音はyaである。

 例えば ou と綴った場合の発音は ow ではなく ou のまま、ie と綴った場合は ye ではなく ie のままなのでしょうか?
そうであるとすれば確かにややこしいようですし、そもそも意味不明です。
 しかし、これは単に「a,e,o と i,u が連なった場合は1音節と考える。アクセントは前後に関わらず a,e,o の側に付く」と
いう事ですよね? である以上、別に非難に値する程の例外だとは思えないのですが。

> 5動詞の不定詞は最後の母音にアクセント。
> 例えば過去不定詞amirはiのほうにアクセント。

 確かにいささかややこしい点です。しかし、amiras がアミーラスなのに amir がアーミルだとすれば、それはそれで
感覚的にしっくりこなくて使いづらい気もするんですよねぇ…… 難しいところです。

>>3
> 目的語が動詞の前に来るとき、対格のnが復活する。

 これは単に、分析的に対格を示せない場合のみ -n を必要とするというだけの話ですので問題無いかと思われます。
別に、本来必要無いはずの -n を付けてしまったところで誤解が生じるわけでもありませんし。

> イドの冠詞について。

 確かにこれは別に無くてもよさそうな改造点というか、ロマンス語に近づける事のみを目的とした感じですね。
ややこしいわりには利点が少なそうです。4番も代名詞を用いたほうが分かりやすいですし。

>>4
> ヨーロッパの自然言語にあわせて、ヨーロッパ的主観でaを除けたほうが語調がいいと思えば除けてもいい。

 確かに中途半端です。むしろ私などは、それならばいっその事形容詞語尾 -a 自体を撤廃した方が良いのではと
思いますね。無論その場合には前提として、語順をNA型なりAN型なりにはっきりとしぼった上での話になりますが。

>>5
> イドでは、ロマンス語に近づける意図のみで語彙をどんどん変更していったと断定できるものが散見できる。

 これは別に問題無いんじゃないですか? エスペラント語彙の過半がロマンス語系統である以上、統一感を増す為の
作業だという解釈も出来ますし。ラテン語がヨーロッパ文化の基層にある事は間違いない事実ですので、その子孫で
あるロマンス語を優先させる事自体は別に変な事だとは思いません。まぁだからといって、あえて必要とされるような
作業だったとも思いませんが。

> つまり結局、エスペラントの倍の労力で反意語をすべて覚えていかなければならない。

 仕方無いんじゃないですかねぇ…… ごく基本的な語彙にまで反意形しか用いる事が出来ないとなれば、それを
物足りなく感じる人は絶対に出てきますし。

 もちろん、初学者の負担という面を重視すればなつ様の仰る事ももっともではありますし、一概にどちらが良いとも
私には言い切れないのですが。

9槍騎兵:2007/12/24(月) 11:00:57
>>6
> まさに英語のみに焦点をあてた狭い視野。

 この言い回しではいささか感情的に聞こえてしまうように思われますので、宜しくないのでは。
文脈上「基本語順をSVOとしている」という意図での表現に過ぎないように見受けられますし。

> さらに対格nについてですが、結局、対格nの呪縛から逃れられず逆に複雑にしています。
> エスでは「目的語は語尾n」で終わる解説を、だらだら例外項目と例文を述べないのといけなくなった。
> 対格の呪縛からのがれられない中途半端かつより複雑な言語となった。

 このあたりは結局のところ、単に説明の仕方の問題に過ぎないのでは?
「イドでは必要とされる場合のみ対格に語尾 -n を付ける」としてしまえば充分にシンプルです。

 まぁむしろ、私などはそもそも対格を語尾で表わす事自体がいかがなものかと思っているのですが。

>>7
 なつ様の主張されている事自体は論理的であり一定の説得力もあるかと思うのですが、それだけに
「滑稽です」の連発は避けた方が良いのでは。言い回しをもう少し柔らかい表現にされておかなければ、
折角の論理的指摘が台無しになってしまう恐れがあるかと思われます。

 このスレッドの趣旨が>>1にある通り『感情的や情緒的ではなく、あくまでも言語として考察しましょう。』
である以上、細かい事かもしれませんが極力感情的、情緒的と捉えられがちな表現は避けるように
努められるべきではないかと老婆心ながら述べさせていただきます。

10なつ:2007/12/24(月) 18:30:27
槍騎兵さん
自分がだんだん無意識に感情的になっていきました。今みると確かにお恥ずかしい限りです。
重母音に関してですが、訂正したいと思います。
1auはaw 2euはew 3i+母音はy+母音 4u+母音はw+母音。
その他は一音節にならず離して二音節で発音するということです。
実はザメンホフ氏は字上符が表記できなければ、uxはuでもいい。
と言っていますね。しかしwやyを創設したにもかかわらず、
どうしてawdasじゃないんでしょうか?それは、みてくれ、かっこよさ、自然言語に近づけたい
というベクトル以外考えられないんですね。ほかの場所にもそういう考えが散見されます。
これは別に感情的な批判じゃなくて、事実そうです。
そのほか、Italia(イドは国名はaで終わる)はイターリャでイタリア語同様にtaが強調です。
familioはファミーリョ、akademioはアカデーミョ。mentioはメンテョ。tyoは多くの言語話者に難しいですね。
さらにlilioリーリョ。それに対してjoyoという単語もある。この綴りの乖離はどうでしょうかね?
許容範囲ですかね?エスペラントは実に簡潔だと思います。
発音、アクセントに例外は一切ありません。ただし、ヨーロッパの言語をやっている
人にとってはfamilioはファミーリョとmiを強く言ったほうがかっこいいと思う人が
少なからずいるんだろうと思います。しかし、そういう力を撥ね退け鉄則化させているのが長所だと思います。
不定詞のアクセントの例外はamas(現在形)とamar(現在不定詞)
amis(過去形)とamir(過去不定詞)ほか未来形も同様に、
聞き分けが難しいときがあるという必要性から例外を作ってしまったようです。
「イドでは必要とされる場合のみ対格に語尾 -n を付ける」と説明しても
じゃあ必要っていつ?といわれるでしょう。おそらくそのときはあとの課で順次やっていくから大丈夫。
というもわーっとした答えが返ってくるんじゃないかなと思います。
疑問詞の課で述べ、関係代名詞の課で述べ、倒置の課で述べ、
と私が講師なら小出しにして行かざるを得ないでしょう。

11なつ:2007/12/24(月) 19:02:20
槍騎兵さん
ロマンス語よりに語彙をしていったのは意義があったんでしょうかね?
Kaj vi?をE vu?というのはフランス語の発音そのものです。
必要性はなかったように思います。
そして仰るとおりいっそのこと形容詞a自体を撤廃したほうがよかったかもしれません。
ヨーロッパの自然言語、特にロマンス語に近づけたいのであればすべきだったでしょう。
不徹底という思いがこの言語にはつきまといます。
Interlinguaなら主要ヨーロッパ言語(英仏露伊独西葡)の中から共通的なつまり最大公約数的な
語彙を統計的に選択しています。イドのように恣意的に語彙選定しなおしていません。
そしてエスペラント、イドのように名詞、形容詞に特定の品詞語尾はありません。
対格は全くありませんし。
個人的にはエスペラントの徹底した有無を言わせぬ鉄則に魅力を感じます。
そしてよりヨーロッパの自然言語に近いほうがいいと思えばInterlinguaを選んだほうがいいと思います。
まあ、エスペラントよりもヨーロッパ偏重しすぎて非欧語話者にはより不利な言語で学ぶ気はせず、
英語と難易度は変わらなくなったと思うのですがね。
イドの存在意義って現在なんでしょうかね?

12槍騎兵:2007/12/25(火) 02:51:10
>>10
> しかしwやyを創設したにもかかわらず、どうしてawdasじゃないんでしょうか?

 確かに w や y を使えば話が早いですよね。それは確かです。

 まぁこのあたりも程度問題であり、例えば「そもそも後ろから2番目などという規則はまぎらわしい。
じゃあ1音節語にアクセントは付くのか付かないのか? 最初か最後にしておけばそういった『例外』
についてわざわざ説明する必要も無いのに」という考え方だって可能です。極端な例ではありますが、
そういう考え方の持ち主からすればエスペラントも中途半端と言えるかもしれませんよ(笑)

> tyoは多くの言語話者に難しいですね。

 イドに「テョ」と「ティオ」による弁別はあるのでしょうか? それが必要でなければ別に問題では
なさそうな気が致しますが。

> さらにlilioリーリョ。それに対してjoyoという単語もある。この綴りの乖離はどうでしょうかね?

 lilio と joyo の違いは単に、3文字で1音節の場合は「子+子+母」と綴り、2文字なら「子+母+母」
と綴るというだけの事に過ぎないでしょう。アクセントの事を考えれば前述と同様に lilyo にしてしまった
方がスッキリして良いとは思いますが。

> 「イドでは必要とされる場合のみ対格に語尾 -n を付ける」と説明しても
> じゃあ必要っていつ?といわれるでしょう。

 このあたりは考え方の違いでしょうね。私としては「SVO語順が基本となるので、Vの後のOは
自動的に対格となる。それ以外の位置にある対格名詞は語尾 -n を添える事により明示する」で
充分に論理的かと思うのです。毎回対格語尾 -n を必要とする煩雑さと天秤に掛けてどちらを取る
かと問われれば、私なら「普段は省略」を取りたいです。

 ついでに申し添えますと、私がエスペラント改造案を作ったとすればそもそも対格を語尾で表わす
事自体をやめて「必要時のみ前置詞により明示」とした事でしょう。疑問詞や関係代名詞の語尾
くらいは多用される事もあり残したかもしれませんが。

>>11
> ロマンス語よりに語彙をしていったのは意義があったんでしょうかね?
> Kaj vi?をE vu?というのはフランス語の発音そのものです。
> 必要性はなかったように思います。

 とりたてて必要性がなかったというのは同感です。ただ、このあたりはイドを「エスペラント改造案」
として見るか「エスペラントを材料にして作った全くの別言語」として見るかのスタンスの違いで評価に
左右が出てくるのではないでしょうか。改造案として見れば必要の無い余分な改造に過ぎないでしょうが、
別言語としてみれば少なくとも別にマイナス要因ではないでしょう。

 エスペランティストが新たに学習し直すという事を念頭に置かず、最初からイドを学習する事のみを
前提とするのであれば、語彙をロマンス語由来にして統一感を出す事は別に悪い事ではないかと。

> 個人的にはエスペラントの徹底した有無を言わせぬ鉄則に魅力を感じます。
> そしてよりヨーロッパの自然言語に近いほうがいいと思えばInterlinguaを選んだほうがいいと思います。
> イドの存在意義って現在なんでしょうかね?

 中途半端だと言われれば、確かにそういった部分は多々ありますね。形容詞に a が付いたり付かな
かったりとかの部分はその通りだと思います。二重母音に w,y を使わなかったところも強いて言えば
マイナス要因と言えそうです。

 まぁだからといって、全体として見た限り悪くない線はいっているとは思うのですがね。エスペラントに
ついて疑問に思いがちである点の多くを改良してあるという事自体に違いはなさそうだという印象を
受けます。御指摘の通り、いささか勇み足かと思われる部分も確かにありましたが(笑)

13なつ:2007/12/25(火) 05:07:52
>>12槍騎兵さん
そういわれればtyo(テョ)とtio(ティオ)の音韻対立はないでしょうね。
ただしティオで代用可能というだけであり文法的には正しくはないでしょう。
エスペラントには音韻数が多いですよね。
例えばgxとjxの区別は日本人などはしているのでしょうか?
実際ajxoとagxoくらいでしょうか。
それについてはjのみにしたイドはいいですね。
lilioについてはまさにlilyoであるべきでしょうね。
>>私がエスペラント改造案を作ったとすればそもそも対格を語尾で表わす
>>事自体をやめて
同意。私も名詞と形容詞の格変化は不必要だと思う一人です。
ただし、あるならある、ないならないとはっきりしろと思うのです。
必要に応じて復活するのを、私は「対格の呪縛」から離れられなかったと表現します。
その対格の復活、語彙選択方法、名詞形容詞語尾をみると、やはり中途半端と思えます。
まあ、いい線かどうかは人によって違うと思います。私は不徹底で逆に改悪だと思うほうです。
そういうことからいっても、イドは決してエスペラントの不備欠点を直し
エスペラントよりも優れたものにしたとは個人的には思いません。
不徹底なイドをやるくらいならむしろ述べたInterlinguaをやったほうがいいでしょう。
Esperanto←Ido→Interlingua という図式でしょうか。
より人工的で欠点を指摘されることもあるが文法に例外を許さないEsか、
よりヨーロッパの自然言語的だが非欧人には学びにくいInterをとるか、
ということではないかと思います。
Idoは足して2で割り、いいのか、中途半端なのか議論が分かれるとは思います。

14KamelioJapana:2007/12/25(火) 07:11:09
Idoは改良には、殆ど値しません。

結論を大雑把に言うと、
Eの非ヨーロッパ語的要素を徹底して奪うものでした。しかも、ロマンス語により近くなり、
Idoは、Esperantidoではなく、Latinidoであると揶揄したくもなります。

先ず、最初に確認しておきたいのは、Eは欧州諸言語の単なる寄せ集めではなく、Zamenhofは、
それを整理し、簡素化する過程を通して最後には、それ自体、完全に独自の体系を持つ言語に
仕上げたということです。
Idoは、その名が示すように所詮Eの子供でしかなかった。しかも粗悪なサイボーグのように
継ぎ接ぎが多くなった分、不規則な部分も増えたと言えるでしょう。

ボーフロンや当時のフランスの言語学者はやはり、欧州文化中心主義から逃れられなかったと
言えます。
Zamenhofが非欧州言語(ヨーロッパの地においてはハンガリー語、フィンランド語、
ケルト語やバスク語等の少数民族言語、現在EU加盟の是非が問われているトルコ語等)を
学んだかどうかは分かりませんが、世界はあくまで自分達を中心に回っていると大多数の人々
が考えていた当時のヨーロッパにおいては、Zamenhofのideoアイデアは画期的なものでした。
形態素論的にも屈折語的要素が圧倒的な欧州言語から膠着語や孤立語的要素へのシフト。
ラテン文字の完全使用に縛られない独特なalfabeto。例、w, x, yを敢えて採用しなかった事等。
彼が、下手な言語学者であったよりも「当時の言語学」については素人であったことが、後から
見ると、幸いだったと言えます。

そして、
Idoの最大の弱点は、言語自体の良し悪しよりもFundamentoというideoからの逸脱により永遠と
続くかに見える改良に次ぐ改良という道に嵌ってしまったということです。
この掲示板では、余りにも当たり前すぎて論議が憚れるのか否かは分かりませんが、時間的
そして空間的にも言語のunueco統一性とstabileco安定性は、その使用者にとっては欠かせない
ものなのですね。特に他の諸民族語と比べて誕生間もないEにとって、その安定性の維持は
国際共通語を目指す人工言語にとってと言う以上にその言語の使用者にとっては死活問題なの
でした。
結局、Idoに移った人々の多くはE界に戻らざるを得なかったのです。「インテリのお遊びには、
正直、もう付き合えない」と言ったところが実用者の本音でしたでしょう。
idistojが安定性の重要さに気づいたかどうかは分かりませんが、改良が止まったのは、その
使用者数がEに比べて取るに足らないniveloレベルまで落ち込んでからでした。

Stabilecoの重要性は何も人工言語(計画言語)に限ったことではありません。
民族語や国家語等は、一定の書き言葉を正当化・標準化することでその安定性を保っています。
時には、権力者たちが彼らにとって必要と思われる言語を維持するために国語学者や国文学者を
動員したりすることも頻繁に行われてきました。
学校で学ばれる共通語や伝統文法などが彼らの手により再生産されるのでして、放って置くと
話し言葉(言語の土台であり本質的なもの)の影響で、例えば世代による分散化や地域による
分散化(dialektigxo)が生じてしまい、その統一性が時間的にも空間的にも急速に失われて
しまいます。
世界に冠たる大言語の英語にしても、英国や米国の涙ぐましい努力が有ってこそ、その安定性
が辛うじて保たれているのです。しかし、その代償としてニュージーランド英語や
スコットランド英語、さらにはインドの専らエリート間で使用されているインド英語等は、
世界共通語的視点からはまるで方言の様な扱いを甘んじて受けているように見えます。
少なくとも我々は、発音においては特にそうなのですが、英米語を模範とするよう学校教育では
強いられてきました。

このように民族語であっても文字文化を有するものは、総て計画言語に属していると言っても
過言ではありません。

その他、細かいことはお二人の議論が大変参考になります。私自身による細部に渡る検証ですが、
他の事柄にも返答をしなければならないので、機会を改めてと申しますか、E界のIdoに関する
検証は既に出尽くした感があります。
その多くはEで書かれたもので邦訳は、殆ど無いと思います。
私もこれから文献に再度当たってみて、この掲示板で紹介出来れば、と考えています。

15槍騎兵:2007/12/25(火) 18:51:02
>>14
 え〜、このスレッドはイドがエスペラントに比べて『言語として』優れているのか劣っているのかを
検証する目的で立てられたものですので、KamelioJapana様が仰られている事の大半は、それが
正しいか否かはさておいて、そもそもこのスレッドにはそぐわない話題ではないかと思うのですが…

 以下、イドとエスペラントの言語としての側面に対しての御意見と思われる部分に限定して返答させて
いただきます。

> 結論を大雑把に言うと、Eの非ヨーロッパ語的要素を徹底して奪うものでした。
> しかも、ロマンス語により近くなり、Idoは、Esperantidoではなく、Latinidoであると揶揄したくもなります。

 このスレッドの既出部分にも、ロマンス語に近づけるという目的の為だけに無意味な改造がなされて
いる事が示された部分があります。冠詞 la が周囲と融合する規則などは典型例であり、これなどは
私もボーフロンの勇み足でありエスペラント式に戻すべき部分であると考えております。

 ですが、KamelioJapana様は学習者にとって有害とならない改造を含め、ロマンス語的に変更された
部分全てがイドの欠点であるとされているように見受けられます。ですが、イドがエスペラントに比べ
ロマンス語に近づいた事それ自体は別に問題ではないのではないでしょうか。イド単体を言語として
見た場合に、例えば語彙がロマンス語に近付いた事が学習者や使用者に対して何らかの不都合を
もたらすようには思えないのですが。

> ラテン文字の完全使用に縛られない独特なalfabeto。例、w, x, yを敢えて採用しなかった事

 なぜその部分が評価に値するとお考えなのか、正直申し上げて分かりかねます。u^ 等の字上符
付き文字を採用するくらいならば最初から w を使っておけば良かったのではないかと、私などは
思ってしまうのですが。

16槍騎兵:2007/12/25(火) 19:07:52
>>13
> Idoは足して2で割り、いいのか、中途半端なのか議論が分かれるとは思います。

 現在のところ、私はまだ「総合的に見てイドの方がベターである」という印象ですね。但し、なつ様がこれまでに示された
部分の中で「これはボーフロンの勇み足だったな。エスペラント方式に戻すべきだ」と感じた部分も少なからずあります。
ただ、そういった部分を差し戻すだけで、少なくともエスペラントに比べればかなり良い線をいっているのではと感じて
おります。

 イドをさらに改造する事を考え出すと収集が付かなくなる恐れがありますのでそれは一旦置いておいて、とりあえずは
ボーフロンの勇み足だと思われる部分をエスペラント式に戻せば議論の叩き台としては充分であろうかと思われます。
つまり「エスペラント → イド → 叩き台言語」ではなくて「エスペラント → 叩き台言語 ← イド」とする形です。このスレッド
における既出の話題をまとめてみました。なお、「勇み足を引き戻す」という趣旨から外れた案であっても、既出のものは
3番として併記してあります。


アクセントと二重母音について
 1.このまま
 2.エスペラント式の位置にする
 3.ai,eu を ay,ew にする、ie,uo を ye,wo にするなどの綴り改変によって規則をシンプルにする

 私見 : 二重母音規則がそこまで面倒なものだとも思えませんし、1番で問題無いかと思われます。まぁ別に2番でも
構いません。綴りには表れませんし、どちらにせよ別に支障は無いでしょう。ちなみに3番も良い案だとは思うのですが、
逆の見方をすれば「音は i,u と違わないのにアクセント位置の為に y,w と綴りを分ける必要があるとは面倒だ」とも言える
わけで(これはエスペラントの複数語尾 -j に関しても同様の事が言えますが)かえって改悪だという意見が出る事も考え
られます。と言っても仮に oy 案を採用するとすれば逆に oi は全廃されるわけですので、実際にところは別に改悪でも
何でもないでしょうが。まぁ結局のところ、そもそも今更になってあえて綴りを変更する程の問題でもないのでは、という
気も致します。もし当時のボーフロンと話をする機会があったとすれば、3番を勧めていたでしょうが。

 あと、いささかこじつけめいて聞こえるかもしれませんが、むしろエスペラントの規則の方がイドよりも複雑だという主張を
する事も可能です。イドは仮に oi を oy にするにせよ、その際には全ての oi が oy に変わるわけです。変わらないにせよ、
必ず1音節と数えられた上 o の側にアクセントが来るわけです。そう考えればスッキリしています。一方エスペラントは現在
綴りの中に oi と oj の両方が存在します。音としては同じ「オイ」であるにも関わらず、アクセント位置を整える為に2通りの
綴りを使い分けねばならないわけです。そういった不規則性に比べれば、現在のイドの規則の方が余程シンプルだという
考え方だって成り立つでしょう。


 〜 後半に続く 〜

17槍騎兵:2007/12/25(火) 19:08:16
不定詞のアクセントについて
 1.このまま
 2.普通に「後ろから2番目」にする
 3.何らかの方法を用いて弁別と規則性を両立させる

 私見 : この問題は一筋縄では解決し辛いですね。一旦保留とさせていただきます。本来ならば3番を推したいところでは
ありますが、それを始めてしまうと「勇み足を引き戻す」という本来の趣旨から外れ収集がつかなくなる恐れがあります。
ですが1番も2番も良しとはし辛いんですよねぇ、現状では。

冠詞 la の融合について
 1.このまま
 2.規則を撤廃し、律儀に la a-, a la, de la とする

 私見 : この改造にはとりたててメリットらしきものは感じられませんし、ややこしいだけかと思われます。2番に一票です。

複数冠詞 le について
 1.このまま
 2.規則を撤廃し、単純に le を la にする
 3.規則を撤廃し、le+形容詞 ⇒ la+形容詞+複数代名詞 などとする

 私見 : これは la の融合とは違ってちゃんとメリットがあるんですよね、一応。ですがやはり2番ですかね。そもそも何を
省略したかがはっきりしている文脈だからこそ名詞を省略するんでしょうから、3番のようにまでして複数を示さなくとも
la+形容詞 だけで問題無さそうですし。

対格語尾 -n について
 1.このまま
 2.エスペラントのように毎回つける
 3.語尾 -n 自体を撤廃し、必要時のみ前置詞で示す

 私見 : 個人的には3番を推したいところではあるのですが、別に現状のままでも不都合は無いですし、ここは1番ということで。

形容詞語尾 -a について
 1.このまま
 2.律儀に毎回 -a を付ける
 3.いっそのこと毎回付けない

 私見 : シンプルにいくならやはり2番がお勧めでしょうね。1番であれ3番であれ、別段大した問題でもなさそうかとは思われますが。

語彙について
 1.このまま
 2.新たなロマンス語系の語彙を排除して、エスペラントの語彙に戻す

 私見 : 1番に一票です。あえて必要の無い改造だったという点は同感ですが、裏を返せば今更あえて戻す程の事でもないでしょう。
どちらがどちらの派生だとかそういった途中経過は一旦忘れてそれぞれの完成形のみを眺めた場合、強いて言えばイド語彙の方が
統一感があって良さそうな気が致します。

18槍騎兵:2007/12/25(火) 19:16:07
>>13 補足
> ただしティオで代用可能というだけであり文法的には正しくはないでしょう。

 確かにそうです。でも別に構わないのではないでしょうか? 要は会話が通じるかどうかですから。

> 例えばgxとjxの区別は日本人などはしているのでしょうか?
> 実際ajxoとagxoくらいでしょうか。

 これははっきりと「区別していない」と断言して差し支え無かろうかと思われます。

> 同意。私も名詞と形容詞の格変化は不必要だと思う一人です。
> ただし、あるならある、ないならないとはっきりしろと思うのです。

 なるほど。なつ様も私もほとんど同じ考えを持ちつつ、イドの改造案に対しての印象が全く異なるという点は
おもしろいですね。私はむしろ「イドにも不満が無いわけではないが、それでもエスペラントに比べればかなり
前進している」と考えて評価しているわけですから。

19KamelioJapana:2007/12/26(水) 21:33:03
時間が無いので、kelkfraza komento。

>『言語として』優れているのか劣っているのかを検証する目的で立てられたものです

私は、この「言語的に」として優れているのかどうか、という問題設定がそもそも誤解を生む
ものであると感じております。

正確なタイトルは「人工言語の・・・・・は習得し易いという点については優れているか?」
とすべきです。
「言語として優れているかどうか」では、例えば、完成度の高い人工言語に比べ不規則性
の大きい民族語は総て「言語」として劣っているという解釈(誤解であるが)も可能だからです。
もし、「言語として」という問題設定では言語における通時性diakronecoも生きた言語の
一アスペクトとして重要な要素になりえるからです。

20槍騎兵:2007/12/26(水) 21:56:55
>>19
 なるほど、確かにその通りです。国際補助語志向の人工言語と自然言語とを学習難度等において比べる事
自体が無意味な事であるという前提が頭にありましたもので今までスレッドタイトルを疑問に思う事は無かった
のですが、そのあたりをはっきりとさせておかないと、エスペラントとイドをどういう観点で比較する為のスレッド
なのかを勘違いされるのは仕方無い事であるかもしれません。

「このスレッドの目的は、エスペラントとイドを『初学者にとっての学習難易度や実用上の便利さ』等の観点から
比較検証する事である」

としておけば簡潔に目的を示せますかねぇ。あと、追加として

「なお、このスレッドでは巷によく見られる『エスペラントはイドその他の人工言語に比べ、通時性という面において
はるかに優れている。これこそが国際補助語志向の人工言語にとって最も重要な点である』という主張が妥当な
ものであるか否かについては取り扱わない」

という但し書きも念の為に添えておいた方が良いかもしれません。



 ところで話は変わるのですが、イドにおける形容詞語尾の脱落についていささか疑問に思った点があります。
語尾が脱落する事により当然「後ろから2番目の母音」も変わるわけですが、アクセントの位置もそれに伴い
変化するのでしょうか?

 例えば、イドの形容詞 speciala は語尾 -a を略さずにそのままの綴りであれば「スペツィアーラ」と読んで、
語尾 -a を略して special という綴りになれば「スペーツィアル」と読むのでしょうか?
それとも語尾 -a を略すか否かに関わらず「スペツィアール」「スペツィアーラ」となるのでしょうか?

 一応自分でも調べてはみたのですが、英語サイトを通読する気力を搾り出す事が出来ずに挫折いたしました。
お忙しいところを恐縮ではありますが、ご教示いただければ幸いです。

21なつ:2007/12/27(木) 07:34:45
K-jさん
よろずにて
>>かの掲示板に参加している私もesperantujoでは殆ど解決済みの疑問や問題が
>>まことしやかに語られたり、我々の視点では、言葉は悪いですが、
>>程度の低い論議が延々となされていることには我慢がなりません。

他スレはじめ会話に加わっておられるので、この書き込みの意味がよくわかりませんでした。
解決済みであるのなら、「それは〜〜ということで解決済みですよ」で終わりと思うのですが。
今度からは、はっきりとしたそういう言葉、お願いしますね。議論せずにすむのにこしたことはないと思いますから。
で、それは、このスレに対してもおっしゃったんでしょうか?
私は、他スレでJ-Kさんや槍騎兵さんとお話して、少しでもお役に立てれればと思ったのです。
はじめはJ-Kさんにお願いしたかったんですが、される様子もないので、半人前の私が批判覚悟でこのスレを作りました。
それについてはセレン氏に賛成です。私は、エスペラントに少しでも貢献できれば、動きたいと思います。
ただし、現在万年初心者に陥っているため、歯がゆい思いです。
そういう人たちを上から座って眺めている感が非常におありです。よろしくお願いします。

で、このスレは、あなたにも別スレでお話したと思うのですが、イドの文法等を宣伝しているものは日本語で存在しますが、
あくまでそれはイド側からの宣伝でしかありません。日本語で書いてあるエスペラント側、あるいは外からの目線での主張が少しでもあればと思うのです。
中身はどうでもよく、議論の場、発表の場があればいいと思うのです。いままでのエスペランティストはそれについて作ってきませんでしたから。
それをご存知だと思ったのですが、「エスペラントは日本の現憲法のごとく普遍だからすばらしい」
という書き込みにはがっかり致しました。会話をお忘れなら、少なくとも>>1は読んでほしかった。
で、今回は、タイトルのだめだしをされるにいたりました。おすすめは、
「人工言語のイドは習得し易いという点についてはエスペラントよりも優れているか?」
と実に長いタイトルにすべきという意見。
たしかにスレタイはもう少し推敲すべきでしたが、
「習得しやすい点について」というのは、まだいささか突っ込まれる余地はありそうですが。
例えば、「イドはエスのように文法が普遍ではないから習得しにくい。そもそもフンダメントとは、、、、」
と、あなたの残念なはじめの書き込みのごとき意見も考えられます。
どんなスレタイも誤解は生みやすい。
しかしこれからは少なくとも>>1を読んだり、会話の流れを読んでほしいものです。

22なつ:2007/12/27(木) 07:53:16
槍騎兵さん。
はい、同意見だがイドについての文法や語彙などの感想は違いますね。
そういうことが一番いいことだと思います。
あなたがいろいろ考察したものも、いろいろな人がいろんな意見をだし合うでしょうね。

aが省略するかしないかでアクセントが変わるのは、考えにくいので、
エスペラントの詩文のoの省略と同じでアクセントは変わらないんじゃないでしょうか。
何度かいいますが、おそらくInterlinguaをお気に召されるんじゃないかと思います。
いかがでしょうか?Interlinguaを知れば、Idoは不徹底だという思いが強くなり、
ギリセーフからギリアウトになるかもしれませんよ。

23Kakis Erl Sax ◆CcpqMQdg0A:2007/12/27(木) 14:02:25
イドが変化しまくりだから駄目で、エスペラントは変化しないから良いというのは根拠のない話であり、
エスペラントも相当変化していました。
エスペラントが作り始められたのは、1873年(ザメンホフ当時14歳)で、ほぼ完成したのが1978年(当時19歳)だったようです。
ほぼ完成といっても当時の文章を見ると動詞活用・代名詞・対格格変化・基本語幹は現在とはかけ離れたものでした。
1887年(当時28歳)の"Lingvo Internacia"、いわゆる第一書のエスペラントも、現在のものと比べるとスペルが違っていたり、
語の意味が異なっていたり、相関詞の形状が異なっていたりしていました。
そして、『エスペラントの基礎』で変化が停止したのは、1905年。
変化が停止するまで実に32年にわたる試行錯誤の歴史があったわけです。

それに比べて、イドが誕生したのは1907年。変化の停止は1920年代。つまり長くて20年ぐらいの期間があったということです。
つまり人工言語というのは、使い込んで、様々な表現に対応する程度に調整するのに、数十年かかるものであり、
エスペラントもイドもそういう調整過程を同じく経てきたものなので、
エスペラントは通時性に優れ、イドはそうでないという主張は、妥当でないと思います。

プラ-エスペラント http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9-%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88
Unua Libro http://ja.wikipedia.org/wiki/Unua_Libro
エスペラントの基礎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9F%BA%E7%A4%8E
イド語 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%89%E8%AA%9E

24槍騎兵:2007/12/27(木) 18:54:13
>>22
 インターリングアのサイトを探してみましたが、日本語でめぼしいものは見付かりませんでした。
どこかお勧めのサイトはありませんでしょうか?

 もっとも、ウィキペディアからの情報だけでも意図的に不規則さを残した言語だという事は見て
とれますね。動詞の活用を抜き出してみましたが、どう見てもわざと不規則にしたとしか思えない
仕上がりです。その気になればもう少し規則的に出来たであろう事が素人目にも一目瞭然です。

 原形      -ar    -er    -ir
 現在・命令形 -a     -e     -i
 現在分詞   -ante   -ente   -iente
 過去形     -ava    -eva   -iva
 過去分詞   -ate    -ite     -ite
 未来形     -ara    -era    -ira
 条件形     -area  -erea   -irea

 汎ヨーロッパ言語という視点からすれば、この方が「自然」に見えて良いのでしょうね。一種の
簡易ラテン語として、本格的に古典ラテン語を学ぶ為の足がかりとしては悪くなさそうです。ただ、
国際補助語志向の言語として見れば、当然「もう少しシンプルにして欲しい」とヨーロッパ以外の
出身者は思いそうですが。

 私個人の感想としては、やはり無駄に自然志向過ぎるように感じられます。もっとも、これは
あくまでも国際補助語志向の人工言語として評価した場合の話ですので、上でも述べたように
別の側面から見れば面白い言語であるとは思いますが。


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