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日本語のローマ字綴りについて

99kmns:2006/11/21(火) 13:06:42
日本語の言語文化でローマ字表記を考へるべきだといふこと、それが判らない。

舊假名舊漢字は一般情報交流にはそぐわないといふのも判らない。

舊假名舊漢字は一部専門の日本學研究家には缺くことのできないものといふのも判らない。つまり、大多數の日本人には不要のものとするのか。漱石も鴎外も一葉も、また萬葉も古事記も讀めずとも善いとするのか。或いは書換へるべきなのか。書換へた場合でも舊假名舊漢字のままのものも残すべきなのか。もし書換へるべきだとするなら古歌や伊呂波でやってみせて欲しい。

舊假名舊漢字で書かれやうと日本語は日本語ではないかと思ふ。もしある時代の書き方が現代からみて變だとして現代流に書換へるべきだとFranklinのやうに主張するなら、また現代が将來の時代によって断罪されることを豫め認めなければならないのではないか。付け加へるけれど舊假名が變だと思ってゐるわけではない。むしろ現代假名より合理的だと氣づいたから、今になって假名遣を切替へたくらい。もし舊假名が變だとしたら、舊假名を前提とする部分を含む現代假名も變だといふことになる。それに、過去を断罪する尺度をいつの時代にとったかを考へてみると日本式の生まれた明治期ではないか。外來語の氾濫、NHKのアナウンサーの外來語の發音を聞いても、すでに明治期の尺度は現代的ではない。


表記がそれ自體で言語文化だといふことはあると思ふ。しかし情報といふ面ではたかが表記とみる方が健全ではないだらうか。その方が結果的に表記を大事にすることになると思ふ。


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