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聖書よまねえクリスチャンなんているの?Ⅱ
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今、スウェーデンボルグの『神の摂理』という本を読み返しています。
今日読んだ箇所で、ご参考までに。
(霊界では人は精神を集中させて他の者に会うことができる)
スウェーデンボルグ/神の摂理29
霊界では人は精神を集中させて他の者に会うことができる。もし誰かが他の者を考
え、これと語りたいと願うならば、その者は直ちに現れ、互いに顔を合わせる。
それは愛の情愛から他の者を考えても同じである。しかし後者の情愛では結合が
生まれ、前者ではただ現存が生まれるにすぎない。これは霊界の特質である。なぜ
ならそこでは凡てのものは霊的なものであるが、自然界では霊的なものではなく、
凡ては物質的なものであるから。自然界でも人間の情愛と思考の中にそれと同じこ
とが起こるが、しかしそこには空間が在り、これに反し霊界では空間はたんに外観
にすぎないゆえ、そこでは人間の霊の思いの中に起こることが実際起こるのである。
かく記したのは、主の天使との結合と天使の主との外観上の相互的結合が如何にし
て行われるかを示すためである。なぜなら天使はすべてその顔を主に向け、主は天
使の額を眺められ、天使は眼で主を見上げるからである。それは額は愛とその情愛
に、眼は知恵とその認識に相応するからである。にもかかわらず天使は自らその顔
を主に向けるのでなく、主が彼らを御自身に向けさせられるのである。主はこのこ
とを彼らの生命の愛へ流れ入ることにより行われ、その愛を経て彼らの認識と思考
へ入り、かくて彼らを御自身に向けさせられるのである。
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