したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

談話室 <6> 王の帰還(下)

539のろうゐるす:2025/08/15(金) 22:59:59
ほう。終戦の日と石破式辞について思ったことをつらつらと。

我が国が過去に行った悪行については、選択の当事者が死に絶えた今となっては、
個人としてはもちろん国家としても謝罪すべき理由はなく(賠償責任は引き
継いだものがあれば別だが)、反省すべき歴史の出来事としてそのような選択
およびそれに至った土壌について個人および国家として批判すればよいので
あろうと思う。

「終戦の日」というのは玉音放送のあった日のことで、これは国民の天皇との絆に
基づく特別な日だ。それゆえ各新聞の特集も感情に染まったウェットなもの
ばかりで、(反省はあっても)批判はない。(新聞が老人向けの媒体だからか?)
いつまでたっても過去を自分と感情から切り離して歴史として批判できないのは
「終戦の日」のせいかも知れん。

なぜ批判できないのかについてさらに思いを巡らせるに(酒の上の空回り?)、
日本語では人の意思が言語にビルトインされていることに理由があるのかも知れん。
例えば「正しい」は「ただ」であるさまのことであり、つまり「まっすぐ」で
あることを意味している。(ちなみに、「ただで貰った」はほかの意図なしに
純粋に貰ったという意味だ。)従って、まっすぐな心で行った行為は行為の是非を
超えて「正しい」とされ(だから日本のドラマでは悪役の口上がうっとうしい)、
ある行為が正しくないことを批判することは当事者に悪意があったといういう
批判に混同されがちである。本来必要のない悪意の証明まで求められては難しい。
(俺は内心なんて本人にだって分からんもんだから歴史的価値はないと思ってる。)

そういや「false」に対する日本語も訳語の「偽」を除けば「嘘」という人の意思の
色がついた語しかない。ふむう。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板