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☆●○私、創価学会 脱会しました。○●☆出張所

116春田の蛙 ◆j/aD5mpE9Y:2009/12/19(土) 01:15:26
遅くなりましたが、続いて個別レスを。m(__)m

>>102>>103 資料屋さん

>さて。2月頃まで何を調べてたか。
>今は非公開となったブログ「ミハルちっく」に私学助成削減の方針を打ち出した大阪の橋下知事に抗議にいった高校生は感情的だという(大意)記事がありました。

ブログは仰る通り非公開になっていますので、Google先生に残っていた残骸などから大方の趣旨を察するしかないのですが、
高校生たちの声を前面に押し立てて視聴者の感情に訴える手法を、「情緒に訴える情緒不在の無神経さ」だと非難していた記事ですね?

まず最初に私見を述べさせて頂くと、私はこの非難も分からなくはありませんが、しかしこうした類の非難こそが『典型的な感情論』であると思います。
こうした“感情論”は、特定の読み手の『情緒』に強く訴えはしますが、それによって社会問題に誠実に向き合い、
きちんと客観的なデータからそれを読み解って、現実的な対処を考察・検討するということに目を向けにくくさせてしまう。
つまり、“犠牲者非難”というありがちな心理に人を陥らせる元凶にも、往々にしてなってしまいがちだと思うからです。

最近、小説家の曽野綾子氏の「性犯罪にこじつけた女性蔑視発言」がネットで騒がれていましたが(まぁ、この人がアホな放言するのは
毎度のことですけど)、しかし曽野綾子氏のよく書いてるような乱暴な感情論が、一方では強い共感を常に集めているのも、
それが大衆の心理を、典型的な“犠牲者非難”に誘導する言動だからです。所謂「衆愚政治」をもたらすものの典型ですね。

曽野綾子氏については、先日脱会スレでもちょっと話題になりましたので、いずれ別にまとめて論じてみようかと思いますが、ともあれ該当のミハルちっくの記事は、
さすがに曽野綾子氏の一連のそれほど粗雑な暴論ではないにせよ、しかし見方によっては類似の危険性を秘めていたのではないでしょうか?

よって、そうした論調に対し、資料屋さんのような手法で反論を試みようとするのには、私は強く賛同するところです。

――ただ、そうした小難しい話以前の「個人的な感情論」としても、私はそんな資料屋さんが大好きですw
だってほら、「東村山問題」では、資料屋さんトコとミハルちっくはいわば同志じゃないですか?
たしかミハルちっくで、資料屋さんの記事を好意的に紹介してたりとかもありませんでしたっけ?


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