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放送大学テレビでアラビア語講義
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:
さーひぶ。
:2011/04/24(日) 18:23:24
【イスラーム世界の歴史的展開('11)④】
第4回 軍人政権の分立:9-11世紀
西暦7〜8世紀、アラビア半島を出発したムスリム・アラブ勢は、それほど多くない軍勢で、
インダス川からモロッコに及ぶ広大な地域を席巻しましたが、ウマイヤ朝〜アッバース朝と
続いたさしもの大帝国も、9〜10世紀にかけて解体していきます。
今回は、イスラーム世界の分権化の時代が扱われています。
日本のイスラーム研究者による解説では、ムスリムによる征服は被征服民・異教徒に寛大で、
被征服地のイスラーム化が順調に進んだかのように語られることが多いのですが(本講義も)、
実際には必ずしもそうではなかったようです。
特にサーサーン朝の国教であったゾロアスター教は徹底的に弾圧され、その信徒の生き残りは
現在のインドでパールシー(「ペルシア人」という意味)と呼ばれて辛うじて存続するのみです。
イラン文明はアラブの支配による「暗黒の2世紀」を経験した後、9世紀にはペルシア語を
復活させて、アラブ化した西方地域(イラク以西)とは一線を画します(第6回を参照)。
アラブ、イラン、そして今回の講義で登場するトルコ系(チュルク)、ベルベルが加わって
現在に至るイスラーム世界の多様性の基が形成されるわけです。
今回の講義は「マムルークの登場」から始まります。伝統的にアラビア半島の社会にいた
褐色の肌の奴隷はアラビア語で「アブド」と呼ばれました。アラブには「アブド・〜」という男性名が
多いですが、これは「神のしもべ」を意味します。
これに対して、トルコ人やチェルケス人など、北方から連れてこられた白い肌の軍人奴隷は
マムルークと呼ばれるようになりました。
古代イラン帝国(アケメネス朝)はギリシア人傭兵を採用したが、やがてマケドニア・ギリシア連合軍に滅ぼされ、
古代ローマ帝国はゲルマニア人傭兵を採用したが、やがて西ローマはゲルマニア諸部族によって滅ぼされました。
トルコ人傭兵を採用したムスリム・アラブの帝国も、やがてトルコ系諸王朝の分立・進出など
によって解体の道をたどったことになります。
トルコ系王朝の武断政権が続いた時代は、日本でも武家政権の時代に対応しています。
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