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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別するヲチスレ

184GB:2025/05/08(木) 23:30:49 ID:CwmY3r1w
光の性質を明らかにする営みがどういうものだったか、『鬼塚論文』の最後に、現在から見た姿が簡潔にまとめられています。以下、引用です。

「光が自然哲学の研究対象となったのは 17世紀に入っ てか らで ある。しか し二重性を合わせもつ 光は,簡単に正体を現さなかった。
光が じょ じょにではあるがその正体を見せはじめたのは18世紀に 入ってからである。しか しその後も光は研究者たちを翻弄しつ づ けた。

18世紀の問、光は粒了としての側面を見せた。というよ りはむしろ、研究者たちはニュートンの視線をおそれて 光の一側面しか見ようとしなかったのである。したが って 、この 間、光の研究はほとんど進展しなかっ た。

19世紀に入ると、光の波動説が復活するが粒子説と波動説はことごとくに対立した。19 世紀初頭の波動説は、まだアナロ ジーにたよって論理を展開していたので、光の老獪さの前にはいささか無力だった。しかし、微積分を駆使した数理的解明が波動説にとり入れ られるよ うにな ると光はじょ じょにその素顔を現しはじめた。

「神学と光学」「力学と光学」「熱学と光学」「電磁気学と光学」「相対論と光学」「量子論と光学」等、物理は総力をあげて光の正体解明にいどんだ。 しかし、このことが逆に当該分野の研究を深化させ、相対論や量子論を完成に導いた。つまり二重性の概念は、当時としてはあまりにも唐突で難解であったのである。」

光の解明について大きく進展したのは19世紀でしたね。「電磁気学と光学」の時代を迎えつつ、しかしエーテルは20世紀に至るまで捨てきれない原理だった。そのあたり、科学は人の営みだという要諦がわかる、科学史という視点がもたらす醍醐味です。

なぜ、「18世紀の光波動説が逸脱」なのか。
18世紀の粒子説が、当時の知識によって説明できない現象があることが、なぜ逸脱ではないのか。
波動説を逸脱とすることによって、それがどのようにデザイナー論の正当化につながるのか。
きちんと説明することが求められてます。


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