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科学と疑似科学とを判別する(2)

68Ken:2021/07/15(木) 00:02:40 ID:l3c2r2bk
私は>>67で、裁判に訴えて、特定の理論を学校で教えるのをやめさせるのは、diamonds8888xさんがいう「科学を妨げる」行為に該当するかを尋ねました。この問題は、私にとっては、「科学と疑似科学を判別する」議論の中心に位置するもので、明確に説明しておきましょう。

まず、実際に起こった裁判を挙げます。

1925年、高校教師のスコープスは、テネシー州法に背き、人間という種が進化の結果現れたと教えたことで訴えられ、裁判になりました。
2005年、ペンシルベニア州の教育カリキュラムにIDが含まれることに反対する人たちが告訴し、裁判になりました。

どちらも、特定の理論を学校で教えることに反対する人たちが、裁判に訴えて、やめさせようとしたのです。やめさせようとしたのは、1つめは進化論、2つめはID論でした。

問題は、進化論、ID論、その他のどれを支持するかは個々人が決めるのではない点にあります。告訴をした側は、自分たちが間違いとみなす理論は、万人が間違いとみなすべきで、個人が選択することではないと主張したのです。裁判で決まったことは強制力を持ちますし、従わなければ、最後は警察が介入するからです。

私は、diamonds8888xさんが、

>教会権力による押し付け、旧ソビエト政権によるルイセンコ説の押し付け

と言われたことを受け、問題の所在を明らかにするべきと考えました、

問題の所在が「押し付け」にあるのなら、つまり、自分たちの考えに万人が同意せねばならないと信じることにあるのなら、2つの裁判の原告は、一方は進化論に、他方はID論に反対したのですが、どちらも同罪です。diamonds8888xさんの表現では「科学を妨げる」行為に該当します。

一方では、それとは異なる見解もあるでしょう。2005年にIDの排除を訴えた人たちは、自分たちは1925年に進化論を教えたスコープスを継承するという自覚を持っていたと思います。つまり、強制力をもってしても排除するべき理論と、排除してはいけない理論があるという考えが基本にあります。

そして、もし後者の立場をとるのであれば、区別の基準があるはずです。diamonds8888xさんは、

>「明らかに間違いとわかる理論」
>「正統遺伝学」

という表現をされましたが、どういう判定基準をもって「明らかに間違い」とか「正統」を決めるかが、問題になります。

非常に重要なことは、この場合の基準は、「己を戒める」と表現されるような、個人の内面的なものではない、ということです。裁判に訴え、結論に強制力をもたせ、万人が従うことを求めるなら、それは「法律」と同じです。

私がdiamonds8888xさんに確認したいのは、上に挙げたどちらの立場をとられるのか、ということです。もしも、強制という行為自体に反対し、進化論を排除した人も、ID論を排除した人も、どちらも「科学を妨げた」と言われるのなら、これほど延々と基準の議論をする必要は、私にはなくなるか、すくなくとも議論の重みはずっと軽いものになります。

反対に、もしも、ある理論は強制的に排除するが、別の理論は排除してはいけない、と主張をされるのなら、それを判別する基準が必要になり、それを明らかにするのが本スレッドの目的だと考えます。


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