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ヒト起源について
65
:
雄
:2007/09/02(日) 02:28:30 ID:ToCfhv1w
2、恣意性
人間の音声言語に特有な性質として、恣意性が挙げられます。任意性と言っても良いでしょう。
つまり「単語」と「音」には、それをあらわす事柄との間に何の必然的な結びつきが無いと言うことです。
だから、樹木のことを、日本では「キ」、イギリスでは「トゥリー」、フランスでは「アルブル」と言うようなことが有り得る訳です。
それに対し動物のコトバは、本能に直結したものである以上恣意性を持たず、その鳴き声(コトバ)は、それを表す内容と本来的に直結しています。
敵に対峙した時の鳴き声は甲高く、ボスに恭順の意を表す場合には低く柔らかいものになるでしょう。
そう言う意味で、群れを超えて、いや種まで超えて共通だと言えるかも知れません。
言葉を未だ知らない赤ん坊の泣き声で、何を言いたいかある程度判るのも、その泣き声に恣意性が無い為です。
ペットを飼っている人は、日常的にペットとの意思疎通を感じていることでしょう。
対象と直結していることは、動物の鳴き声が、情報を伝える機能と言う点で優れていると言えます。上述したように、そのコトバを知らない人間にさえ、ある程度は伝わる訳ですから。
しかしこの、恣意性の無さは、動物に抽象的思考を与えるのを妨げます。
言語の研究としては、幼児の言語獲得の過程、及び未開部族の言語がよく対象とされるのですが、ある未開種族のことばには「足」と言う単一の語が無くて、その代わり「人間の足」、「犬の足」、「カラスの足」などを表す、それぞれ別の語があるということです。
例えばの話ですが、人間の足を「アポ」、犬の足を「メトカ」、カラスの足を「クン」と呼ぶ、と言うようなことです。
つまり、我々の言語からすれば、恣意性の不完全さが見られる訳です。
確かに人間と犬とカラスでは、足の形は随分違っています。感覚内容に応じて、それを表す言葉を使い分けることは、感覚対象に忠実であるという点で、未開種族のことばの方が優れていると言えます。
だが、このようなことばの具体性は、逆に抽象的思考の未発達に照応するものです。
形にとらわれず(つまり感覚内容に密着せず)、それが動物の身体の中でどのような部分であるか、と言うことの共通性に注目することが出来れば「足」と言う単一の語が生まれる筈であり、今日の文化的諸民族のことばは全てこのような、具体的・個別性から一般的共通性へという発達の道をたどって形成されて来たものと考えられます。
つまり、「足」のような単純な語の中にも、過去の人類が行ってきた思考の発達の成果が内臓されている訳です。
我々が、ムカデのあの爪のような形のものを見て(感覚して)、「足」と言う「ことば」を媒介としてとらえている時に、そこには既に過去の人類が行った抽象的思考の成果が入り込んで来ているのであって、ただの感性的認識ではないと言うことなのでしょう。
この辺は書き始めると長くなりますので省略します。若し宜しかったら、拙サイトをご覧いただければ幸いです。
ttp://y-ok.com/appleclub/adam/contents2/contents_6.htm
恣意性なくして概念の形成は有り得なかったし、ひいては概念的思考、抽象的思考は有り得なかったと認識しています。
やはり、道具と言葉は、ヒトを人間にした二本柱だというのが、私の立場です。
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