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ヒト起源について
62
:
雄
:2007/09/02(日) 02:26:39 ID:ToCfhv1w
RE NANさん
人間をどう見るか?と言う問題は、哲学に関わる大きな問題で、さまざまな立場が有り得ますね。
NANさんの見解はそれとして大いに尊重し、参考にさせて頂きます。
私はやはり、人間は(個々の生物が、それぞれに特殊と言う範囲を超えて)、特殊な存在だと言う立場です。
【道具】
道具を使う動物は結構観察されています。或いは道具を作るケースさえ観察されています。
そこには人間の道具との共通性とともに、やはり大きな質的な差を感じます。
人間にとって道具の持つ意味は、私は二つ有ると思っています。
1、道具を作ることを通して、意識を鍛え脳を増大させた
道具を作ると言うことは、仮にそれがどれ程幼稚なものであれ、それを使うことを予想し、その目的に適うように目の前の材料を加工する、と言うことを意味します。
目の前に飛び出してきた獲物を、反射的に捕らえると言った目先の具体的な現象を「感覚」するだけでなく、将来使うであろう時のことが予想出来なくてはなりません。つまりは抽象的な「認識活動」が不可欠です。
或いは、石を割って石器を作ると言う行為は、目の前に有る材料としての石が、石器にとって必要な、「硬い」と言う、既に存在している性質を認識する能力が当然必要です。
同時にそれだけでなく、「尖った形」と言う、未だそこに存在していない性質までも認識する能力が必要です。
目の前の、今現在、直接的に感覚出来ることを脳に反映するだけでなく、将来の予想される出来事、目の前に未だ存在していない要素までも反映する能力。道具を作り、使うことを通じて、幾世代もの時を経て次第に人間の意識が、つまりは脳が鍛えられて来たのだと思っています。
又道具を作り、使うと言うことは手先の器用を促します、それは又、おそらくその働きを司っている中枢神経・脳の発達を促すことになったでしょうね。
道具は人間が作るものですが、同時に道具が人間をつくったとさえ言えるのではないか。
つまりは、最初に頭が良かったから道具を作ることが出来たのではなく、道具を作る過程で抽象的思考、理性的段階の認識に至る道が開けていった。そう言う認識です。
化石が示す、脳容量の増加過程と出土する石器の進化(オルドワンなど)も、それを裏付けていると思っています。
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