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ヒト起源について

61NAN:2007/09/01(土) 23:00:45 ID:???
すでに終わりかかっている風情も感じますが、せっかくレスをいただいたので再び。

>>本来はその近縁度を反映して、外見・行動様式などが、ヒトとチンプで最も似通っているべきですが、現実はヒトだけが、取り分け行動様式の点で飛びぬけて特殊です。

同意しかねます。
なにかの行動・生態を「特殊だ」というとき、それがどのような意味において特殊であるのか、私たちは(それが科学的論考であるなら)常に熟慮しなければならない、と思います。確かにヒトは特殊です。しかし、まったく同じようにチンプもゴリラもミツバチも特殊だ、と私は思います。

>>私はこの特殊性を作り出した要因を、「道具」と「言葉」だと思っています。
そしてそれを可能としたのが、他でもない「直立二足歩行」であった、と考えています。

道具については同意します。
しかし、「言葉」についてはどうであろう、と私は首を傾げます。
なるほどヒトの使う言葉は高度に複雑化しており、これはほかのどんな動物よりも「面倒」なものだろう、と私も思います。しかしヒトは、言葉を生得的に得るものではありません。もちろん、それはほかの「言語的コミュニケーション」を行う動物たちにも云えることでしょう。言葉は、学習があってはじめて習得できるものです。
言葉をつかう動物はかなり限られますが、イルカや一部の鳥も言語的なコミュニケーションを行っている、といわれています。

それでは、ほかの動物たちも使う「言語的コミュニケーション」に比較して、ヒトが著しく言葉を発達させた要因はなんだろうか?と考えるとき、それはおそらく「記録性」にほかならないだろう、と私は考えています。そしてそれは、まさに「道具の発達・伝承」と密接に絡むのではないだろうか?と思うのです。

元来、道具には記録性が備わっています。たとえば箱を見れば、その箱がどのように組み立てられたかという過程を見ることができます。縄を見れば、その縄が糸の拠り合わせであることが分かります。棍棒に石を蔓で縛り付けた道具も、やはりその工程が見て取れます。私はこれら道具が持つ記録性の中に、具象から抽象への変換や「記号化」の糸口を見つけることができるように思えます。

究極を云ってしまうと、道具はすべて記号であり、なにかを象徴し記号化され記録しています。音声やボディランゲージのような一時的なものではなく、尿などのマーキングに近いのかも知れません。このように「ことば」は道具の一種ですので、道具と言葉を分けて考える必要性を私はあまり感じないのです。

先にも述べたように、私は「両腕を移動手段から独立させたこと」が主であり「二足歩行」は従である、と考えています。進化生物学的に考えるならば、両腕および指の機能を高度化させる方向の淘汰圧によって、ヒトは直立二足歩行を副次的に得たのではないか?と思うのです。


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