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血液型を保育に活用するのは差別か?

388ミケ:2005/11/08(火) 23:35:09 ID:KO.P9.dA
>>362
演繹とか帰納とか、普段使わないから自信がないんですけども、
ちょこっとネットの辞書で調べたところ

演繹
〔deduction〕諸前提から論理の規則にしたがって必然的に結論を導き出すこと。普通、一般的原理から特殊な原理や事実を導くことをいう。演繹的推理。
⇔帰納

帰納
〔induction〕個々の特殊な事実や命題の集まりからそこに共通する性質や関係を取り出し、一般的な命題や法則を導き出すこと。
⇔演繹(えんえき)

ということは、
(ある行為が)いったん定立した定義に沿うかどうか(定義に照らして差別に当たるか)の判断はやっぱり演繹であるように思えます。
むしろ、
いったん提唱した定義が、個別の事例に照らして定義としてふさわしいかどうかを吟味するほうが帰納ではないでしょうか。

例えば、
属性によって扱いを変えるのは差別である。保育園の事例はこの定義に照らせば差別である。
・・・これは演繹

黒人専用バスは明らかに差別である。
だとすれば、差別とは、不利益を生じなくても成立するはずだ。
そうすると、「差別とは扱いを変えることによって不利益を生じさせることだ」は差別の定義としてはふさわしくない。
・・・こっちが帰納

だと思います。

だから、ココ さんは帰納的な発言を演繹と言ったんじゃなくて、
帰納的な発言を「関係ない」として無視した、というほうが正しい気がします。
ココ さんも注目。大事だと思ったところは『』で括っときました。
個々の特殊な事実や命題の『集まり』からそこに『共通する性質』や関係を取り出し、『一般的な命題や法則を導き出すこと。』


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