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「三位一体」の本質

121名無しの神学さん:2004/04/20(火) 01:36
いや、中学生だろ?

122名無しの神学さん:2004/04/20(火) 01:37
いずれにしてもルーテル幼稚園で
ご挨拶から習ったほyが良いと思う...

123名無しの神学さん:2004/04/20(火) 01:39
>>118
可哀相に...この常識じゃ社会生活送れないわ...

124名無しの神学さん:2004/04/20(火) 01:40
>>118
一種の言語障害なんだろうか?可哀相に...

125名無しの神学さん:2004/04/20(火) 04:14
>>118
オフ会には絶対顔を出せない人だね。可哀相に...

126名無しの神学さん:2004/04/20(火) 04:43
http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/
↑けいごのつかいかたがわからなくてこまっているおともだちは
ここでおべんきょうしましょうね...

127名無しの神学さん:2004/04/20(火) 04:46
>>へっぽこさん(これでいいかい、114。しかし、お前の文章は、挑発されてそのまま書き込んだ様子がありあり、といった感だな)に誘われて、この板に来たが。
>>これが、君の言う、「まともな文章」なのか。
>>なるほどね。
>>ま、知識の披露、なれ合いごっこを、大いに楽しんでください、としか言えないね。
...可哀相に、敬語の使い方も習う機会がなかったのね...

128:2004/04/20(火) 07:20
へっぽこさん、フィリオクエについてですが、
そういう考え方は初めて知りました。

私は、西方教会が、「父から」という表現を「父と子から」という表現に書き直したのは、
その背後に西方教会の三位一体論があると思います。

つまり、前も書きましたが、父と子が、愛の帯である聖霊によって、絶えざる交わりをして
いるというアウグスティヌス的三位一体論ですね。

それに立って見る時に、「父から」という表現を、「父と子から」という表現に書き直す気持ち
がわかるわけです。

そして、この三位一体論は、子が神であることを強調し、聖霊を愛として、父と子の間の愛とし
て捉えようという長所があります。

そして、「子が父の元から遣わす助け主」とか「私たちの心に、聖霊によって神の
愛が注がれている」という表現があるように、聖書的にも根拠があります。

しかし、問題点が二つあるのです。

ひとつは、だからと言って、これを「父と子から」という表現で表すのは適正であ
るかどうかということです。

そして、結論から言えば、

私は、イヴ・コンガールという神学者が「われ聖霊を信ず」という書物の中で言っ
ている、「『父から子を通して聖霊が与えられる』と言うのが東西分裂前の共通認
識であった」というのが正しいと思っています。

従って、「父と子から」というのは、余りいい表現ではないということになるわけ

ふたつめは、この西方の三位一体論は、これだけでは不十分と言うことです。

どういうことかと言うと、父と子を結ぶ愛の紐帯としての「聖霊」という捉え方は
、聖霊を従属的に捉えることになり、また聖霊の創造的な働きを矮小化することに
なるということです。

この反動が、聖霊運動と言うことになります。

つまり、聖霊運動は、この三位一体の捉え方を修正するものとして出てきたわけです。

そして、synergyさんに聞いたと思うのですが、興味深いことに、カリスマ・聖霊派の
人に、「父から」と「父と子から」のどちらが正しいと思うかと尋ねると、圧倒的に
「父から」と答えるそうです。

逆に、東方では、聖霊及びその働きが軽視されることはなかったのです。

このように考えると、東方の三位一体論、つまり「父から子が産まれ、父から聖霊が
発出するという考え方は非常に重要になってきます。

129へっぽこピーメン:2004/04/20(火) 13:45
雲さんありがとうございます。
へっぽこは、神学については、幼稚園入園前程度なので、
神学幼稚園入園のつもりで、学ぼうと思っています。

>>どういうことかと言うと、父と子を結ぶ愛の紐帯としての「聖霊」という捉え方は
>>、聖霊を従属的に捉えることになり、また聖霊の創造的な働きを矮小化することに
>>なるということです。
この部分、M神父の教示と全く一緒です。
各教派がそれぞれ真剣に神学を論争し、最終的に東方教会の世界に
収束してくるならば、「美しい形」ですね。
フィリオクエも聖霊運動も、全て無駄にせず、主がすべてを益として
下さると良いですね。

...本日教会で、お通夜があります。敬虔なきもちでバニヒダの
祈りに参加してこようと思います。

130へっぽこピーメン:2004/04/20(火) 20:59
本日、「パニヒダの祈り」参加してきました。
お葬式です。自分が最後に変える場所を確認して来ました。
お通夜とは言っても、復活週なので、復活の聖歌が多く歌われました。

131:2004/04/20(火) 22:59
>>129,130
へっぽこさん、今晩は。

>>フィリオクエも聖霊運動も、全て無駄にせず、主がすべてを益として
下さると良いですね。
私は、すべての教派に、神が独自の賜物を与えておられると思っています。
それはそれぞれ、違う形、色合いで、神の栄光を輝かせるものです。
現代という時代で、神学が意味を持つとすれば、こういう人間の隔ての壁
、しかし神には存在しない壁を乗り越えて、すべてを神に帰するということ
ではないでしょうか?

132へっぽこピーメン:2004/04/21(水) 21:38
雲さん
へっぽこの「祈りの課題」に応えて下さってありがとうございました。
闘病中の「彼」からメールをもらいました。メールが打てるまでに
回復しました。祈ってくれた方々の事を知らせておきましたので、
特に雲さんとお会いできる日を楽しみにする事がさらに「力」に
なると思います。ありがとうございました。

133名無しの神学さん:2004/08/05(木) 09:00
唯一の神はヤハウェ神だけです。

134名無しの神学さん:2004/08/10(火) 09:46
>>133  エホ証か?
     ワタシは三位一体(父、子、聖霊)の神を信じてまつ!

135名無しの神学さん:2004/11/27(土) 20:13
ご存じの事と思いますが御参考に

ニカイア・コンスタンティノポリス信条
Credo in unum Deum, Patrem omnipotentem, factorem caeli et terrae, visibilium omnium et invisibilium.
Et in unum Dominum Iesum Christum, Filium Dei unigenitum, et ex Patre natum ante omnia saecula. Deum de Deo, Lumen de Lumine, Deum verum de Deo vero, genitum non factum, consubstantialem Patri; per quem omnia facta sunt. Qui propter nos homines et propter nostram salutem descendit de caelis. Et incarnatus est de Spiritu Sancto ex Maria Virgine, et homo factus est. Crucifixus etiam pro nobis sub Pontio Pilato, passus et sepultus est, et resurrexit tertia die, secundum Scripturas, et ascendit in caelum, sedet ad dexteram Patris. Et iterum venturus est cum gloria, iudicare vivos et mortuos, cuius regni non erit finis.
Et in Spiritum Sanctum, Dominum et vivificantem, qui ex Patre (Filioque) procedit. Qui cum Patre et Filio simul adoratur et conglorificatur: qui locutus est per prophetas. Et unam, sanctam, catholicam et apostolicam Ecclesiam. Confiteor unum baptisma in remissionem peccatorum. Et expecto resurrectionem mortuorum, et vitam venturi saeculi. Amen.

わたしは信じます 唯一の神 全能の父 天と地 見えるもの 見えないもの すべてのものの造り主を
わたしは信じます 唯一の主イエス・キリストを
主は神のひとり子 すべてに先立って父より生まれ 神よりの神 光よりの光 まことの神よりのまことの神 造られることなく生まれ 父と一体
すべては主によって造られました
主は、わたしたち人類のため わたしたちの救いのために天からくだり 聖霊によって おとめマリアよりからだを受け 人となられました
ポンティオ・ピラトのもとで わたしたちのために十字架につけられ 苦しみを受け 葬られ 聖書にあるとおり三日目に復活し 天に昇り 父の右の座に着いておられます
主は生者と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます
その国は終わることがありません
わたしは信じます 主であり いのちの与え主である聖霊を
聖霊は 父と子から出て 父と子とともに礼拝され 栄光を受け また預言者をとおして語られました
わたしは 聖なる普遍の使徒的唯一の教会を信じます
罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め 死者の復活と 来世のいのちを待ち望みます
アーメン

136名無しの神学さん:2005/05/05(木) 20:18:52
>ニカイア・コンスタンティノポリス信条
改竄版じゃないの 大体議定されたギリシァ語版じゃないし

それでもラテン語版は問題の箇所を括弧にいれているのに
qui ex Patre (Filioque) procedit.
翻訳はどうどうと改竄してるw
聖霊は 父と子から出て

137名無しの神学さん:2005/05/05(木) 20:20:52
>133
>唯一の神はヤハウェ神だけです。
>134
>エホ証か?
>ワタシは三位一体(父、子、聖霊)の神を信じてまつ!

ャハゥエ・エロヒームが,三位一体にして唯一の神というのが,正統な教理・教義
じゃない

138名無しの神学さん:2005/05/05(木) 20:26:40
>>どういうことかと言うと、父と子を結ぶ愛の紐帯としての「聖霊」という捉え方は
>>、聖霊を従属的に捉えることになり、また聖霊の創造的な働きを矮小化することに
>>なるということです。

紐帯として聖霊を捉えれば聖霊が従属的になる,というのはしばしば言われることだ
しその可能性は大きい( あとは逆に父と子とが聖霊に従属的になるという論法もあ
りえる )けど,オリゲネス主義だって(いやその後の正統教理だって実質的には)
穏やかな御子従属説なんだから,聖霊従属説があったからといって別にそれ自体を批
判することもないような・・・

まったく従属的でも独裁的でも三面的でもない三一論っていまだかつて定式化された
事が無いのではないかと思う。 

ただ,(西方の聖伝承を無視して)聖書だけからいうなら、聖霊が父と子との紐帯と
いうよりは、父から発出する他の神的存在という感じはうけるけどね。
あ、聖書を典拠にしてたらそもそも子自体がマルコでもパウロでも養子説的にならざ
るをえないから、聖書は封印か・・・

139133:2005/08/03(水) 15:23:04
ヤハウェ神だけが唯一神です。
正確に言えば
キリストは神と言うより神の子と言うほうが
より正確です。又
神と人の仲介者でもあり
キリストは主でもあります。
聖霊は神でなく神の霊です。
聖書では聖霊は神の働きとして
描写されています。
ヤハウエ神は本体です。

140名無しの神学さん:2005/08/10(水) 00:19:30
133さんはアリウスさんでつか?

141133:2005/08/15(月) 14:42:41
>>140 違います。

142140:2005/08/21(日) 07:12:26
でも>>139はアリウスの教義でつよ。。。
三位一体でない不思議なキリスト教。。。不思議の国のアリウス

143名無しの神学さん:2018/02/24(土) 15:04:15
作詞:聖イエス会教祖様

時の流れははやく 終末は迫り
しののめが近いと みな告げしめす
神の期待に われらは こたえん。

メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。


十字架の旗のもと 決意も新たに
いのちにはいのちを 愛には愛を
心燃えたち われらは こたえん。

メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。


新しいエルサレム ゴールをめざして
ハシッドの召命 神化の道を
ただひとすじに われらは こたえん。

メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。


神のビジョンを見つめ 聖霊に燃えて
新しい歴史と 輝く未来
メシヤの世紀 われらは 開かん。

メシヤの世紀を迎えるために
若いいのちを燃焼させよ
世界はわれらを待っている。


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