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「三位一体」の本質
128
:
雲
:2004/04/20(火) 07:20
へっぽこさん、フィリオクエについてですが、
そういう考え方は初めて知りました。
私は、西方教会が、「父から」という表現を「父と子から」という表現に書き直したのは、
その背後に西方教会の三位一体論があると思います。
つまり、前も書きましたが、父と子が、愛の帯である聖霊によって、絶えざる交わりをして
いるというアウグスティヌス的三位一体論ですね。
それに立って見る時に、「父から」という表現を、「父と子から」という表現に書き直す気持ち
がわかるわけです。
そして、この三位一体論は、子が神であることを強調し、聖霊を愛として、父と子の間の愛とし
て捉えようという長所があります。
そして、「子が父の元から遣わす助け主」とか「私たちの心に、聖霊によって神の
愛が注がれている」という表現があるように、聖書的にも根拠があります。
しかし、問題点が二つあるのです。
ひとつは、だからと言って、これを「父と子から」という表現で表すのは適正であ
るかどうかということです。
そして、結論から言えば、
私は、イヴ・コンガールという神学者が「われ聖霊を信ず」という書物の中で言っ
ている、「『父から子を通して聖霊が与えられる』と言うのが東西分裂前の共通認
識であった」というのが正しいと思っています。
従って、「父と子から」というのは、余りいい表現ではないということになるわけ
ふたつめは、この西方の三位一体論は、これだけでは不十分と言うことです。
どういうことかと言うと、父と子を結ぶ愛の紐帯としての「聖霊」という捉え方は
、聖霊を従属的に捉えることになり、また聖霊の創造的な働きを矮小化することに
なるということです。
この反動が、聖霊運動と言うことになります。
つまり、聖霊運動は、この三位一体の捉え方を修正するものとして出てきたわけです。
そして、synergyさんに聞いたと思うのですが、興味深いことに、カリスマ・聖霊派の
人に、「父から」と「父と子から」のどちらが正しいと思うかと尋ねると、圧倒的に
「父から」と答えるそうです。
逆に、東方では、聖霊及びその働きが軽視されることはなかったのです。
このように考えると、東方の三位一体論、つまり「父から子が産まれ、父から聖霊が
発出するという考え方は非常に重要になってきます。
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