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「三位一体」の本質
108
:
名無しの神学さん
:2004/04/05(月) 11:33
>>97
> 私は三位一体はキリスト教の最低ドグマ(←どういう意味だ?)だと思いますよ。
> ユニテリアンは理神論から生じたはずですが、この勢力がキリスト教の列に加えられた経緯には歴史的あるいは政治的なものがからむのでしょうが私にはよくわかりません。
> しかし、圧倒的に少数派であり、主流派が三位一体を堅持している以上、やはり、「三位一体」はキリスト教と非キリスト教を分けるメルクマールでしょう。
> だいたい三位一体がそうでないなら、どこで分けるのでしょう? 三位一体とりわけイエスの神性の肯定は、他のセム一神教(ユダヤ教とイスラム教)とキリスト教を分かつ重大な特徴だと思いますが。
>>98
> 例えば「なにから源泉を得ているのか」という流れからするならば
> 私自身は古代の「異端」から、現代の「異端」と呼ばれるものまで包括し得ると考えています。
> 暴力的にいえば、「ユダヤ教から派生した宗教であり、イエス・キリストを通じて思考する
> 宗教である」とかね。そういう定義だと、もうかなり幅が広くなり、
> 多くのクリスチャンが認めない、エホバの証人だってその範疇にはいることになります。
わたしは、Chiara氏にほぼさんせいです。 三位一体論を基準にしてしまったら,エホバや
ユニテリアンどころか、仮現論もアリウス主義も聖霊非神性説派も異教ということになり
異端でなくなってしまうじゃないですか。
それどころか、新約記者のほとんどはキリスト教徒ではないということになってしまう。こ
れではあまりに、キリスト教からこぼれるものが多すぎると思います。
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