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学会を不信になった瞬間
641
:
両
:2004/08/26(木) 17:30
ももにゃんさん。はじめまして。
組織の有用性を否定する必要はないのだと考えています。
個人の側から考えると、物事を早く習得するために組織は有益なものでしょう。また、組織自体も目的を達成するために存在する。
これが相互に機能することを前提に、もともと個人の信仰を組織化したのが戸田氏の当初の構想なのだと思いますが、現在の組織の防衛を最優先としたあり方は、あろうことか肝心の主張さえ180度転換させてしまった。
だから、個人が組織に埋没している不幸があるのではないか、と考えています。
営利を目的とした一般企業は目的が達成できなければ廃業するものですが、宗教団体の場合はそうはならない。80年代以降、巨大化した組織の専従者と外郭企業のため、信者(弱者)に宗教的善意を強いる形で成り立っているのが、現在の創価学会なのだとの考えです。
教を広めるという宗教の本来の目的より、組織を守ることがいつか風向きが変わった時に広宣流布の達成につながるのだという、ありそうでありえないすり替えが根拠となっているような気がします。
かつてのような拡大は望めないことが誰の目にも明らかになっても、一定の役割を終えたのだからと解散して出直すことができない。往々にして組織の論理だけで存続してしまう。そのための権力闘争に明け暮れる。
こんな手段が目的化してしまう誤りは、どんな組織でも、終焉に迎えるものではないでしょうか。
同時に、その形振り構わない体質の最大の被害者は常に末端会員だから、私は大反対しています。
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