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学会を不信になった瞬間
416
:
つぶやき
:2004/05/18(火) 10:36
>>415
両さん
おそらく私の気持ちの中に「宿命転換」に対しての特別なこだわりがあるのだ、と
自覚しております。
私の目に入るのは、身近な地区・ブロックでの、打ち出しによってころころ変わる、
幹部の生命状態。方便でも詭弁でも、会員がその時々のノルマを忠実にこなして欲しい
という結果主義。結果主義が悪いのではなく、結果を求めるあまり、伝えるべき言葉を、
大切にしていないことが、問題だと感じるのです。
功徳にせよ何にせよ、生命状態の問題だということは十分承知しております。
ただの、世間話程度でさえ、相手を深く知っている場合、かける言葉には配慮が
あるものです。
はたして、学会幹部が会員をどの程度まで想い、言葉を選んでいるのかということを
考えます。彼らは、その言葉を会員個人個人がどのくらいの重さで受け止めるかを、
考える必要があると思うのです。
例えば、選挙のさなかに宿命転換を暗示するような、「難」が起こったとき、
会員は、ご本尊にひたすら祈るより、選挙の票取りの邁進することがありえます。
そう言うさなかで、幹部はその人に的確な指導が出来るでしょうか?
かつて、困難にあったとき、唱題より新聞購読推進と折伏に必死になった方が
あります。結果に私個人は残念さを覚えました。
福徳・功徳くらいじゃあ動かないから「宿命転換」だ!のような使い方だとしたら、
それはもう方便ではなく詭弁であり、許されることではないと思うのです。
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