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学会を不信になった瞬間
385
:
両
:2004/05/11(火) 00:31
日曜日、親戚が私の家に集まった。7人の大人ばかりで、入信世帯が半数。聖教新聞の購読は全世帯がしている。
で、私は、学会や池田氏のついて自分がここで述べているような考えを率直に言ってみました。入信していない人は、皆一様にうなずきながら聞いてくれる。また、入信して活動している人は、少し考えは異なるけど、今の学会はどこか間違っていると思うと話してくれた。様々な立場から意見が出て良かった。
終いには、イラク戦争の大義と宗教の関係性などにも話が発展して、大人が本気で意見を述べる機会は少ないから、とても楽しい日曜日になりました。
対して、同様の話題を地元の数名の幹部に話したことがあるけど、最後は捨て台詞を言って帰る不快なパターンしか経験がない。この場合も私が話題を振る形になるのだけど、対話というより、自分と意見の違う者を攻撃することが主眼で、自らの所見を述べることもなく、相手を貶めることしか頭にないので、対話にはならない。
指導する側とされる側では対等な対話などないのかもしれないが、「対話」とか「議論」が全く成り立たないのが内部だという認識に至っています。(そのあとは決まって陰口攻撃がパターンw)
同様に、聖教の論調も、議論して問題を掘り下げていくなどではなく、他人の下半身攻撃ばかりが目立つ。「こんな人間のいうことだから」という他者の人格や信仰心を否定するものばかりでしょう。だから、一般人からみれば異様な光景に写るのだと思います。
それでも当事者達は、あれが悪を糾弾する「言論戦」だとの自負があるのでしょうが、学会の正当性より品のなさだけが証明されている。また、「あれが」の部分はとっくに内外から見透かされていて、説得力を失っているという印象を受けています。
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