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死について

36問答迷人:2009/03/24(火) 18:13:15
犀角独歩さん

>先臨終の事を習て後に他事を習べし
>文意は「先臨終の“相”の事を習」うという文章ではないですか。

僕は入信する時に、学会幹部にそのように教えられました。『死んだときの相にその人の一生が顕われる』と。
母親が死んでまもなくのころだったので、この言葉は鮮明に脳裏に焼きつきました。母親は日本脳炎で亡くなりましたが、正直言って、お世辞にも良い死相では無かったです。眼球が定まらず、片方は白目でした。子供心に、何であんなに優しい母親がこんな死に方をしなければならないのか、と思いました。死相の話を聞かされたのは、そのあと数年後でしたから、ショックでした。

>日蓮がいう臨終のことをまず習えというのは、自分が死んでしまうことや、死後のついてをいっているのではないと思います。日本文化の底流にある「死に様」、それもよい死に様を示すことに主旨があり、そのためには正しい教えによらなければならないといった話だったと思えます。

仰る通りであると思います。独歩さんの仰る意味での『死の過敏症』であれば、僕もまともに過敏症に感染したと思います。

ただ、その後、色々な方々の死相を拝見する機会が何度か有りましたが、日蓮正宗の人でも、死後硬直の酷い人、死斑が酷く出ている人。念仏宗の葬儀なのに、美しい相で亡くなっている人、何故なのかと、訝しく思ったりしましたが、独歩さんが以前ご紹介くださった「納棺夫日記」を見て、「これが真相か」と納得しました。

日蓮聖人は、自身で多数の人々の死相を検分した訳ではなく、経典等によってそのように述べたに過ぎないのではないかと思います。日蓮聖人がそのように述べた理由は、独歩さんが仰るとおり、『日本文化の底流にある「死に様」、それもよい死に様を示すことに主旨があり、そのためには正しい教えによらなければならないといった話だった』というのが真相であると考えます。日本文化に合わせたに過ぎないと。


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