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死について

19幻論乙坊:2009/03/18(水) 01:55:01
問答名人さんからお言葉を投げかけられるなんて光栄です。
今晩は

問答名人さん、からお言葉を投げかけられるなんて光栄で心拍数が上がった状態で書き込んでいます。
ここのところ年が年なので、心臓が弱っていて伝えたい事が最後まで記すことが出来るかとても不安ですが
なんとか頑張ってみます。


>死の恐怖から逃れる事が出来るのでしょうか。

逃れられないのだろうと考えています。

>それこそ、未来の観念を失ってしまえば、死を恐れる事は亡くなるでしょうが、

未来を失する事はパックとして、漏れなく過去も現在も失する訳ですね。
詰まり過去・現在・未来と言う時間の概念が無くなる訳ですから、その時点で人間という動物も
この世から無くなるんじゃないかと考えます。

>それでは人間としての尊厳を保つ事も出来なくなるのではないのでしょうか。

そうですね。
私達、人間は心の安定だけでは生きていく事が出来ず、生き甲斐や人間としての自尊心や尊厳が必要なのでしょうね。
ではどうして、人間は自尊心や尊厳が必要になったんだろう?
と考えたりしている訳なんです。

>限りある人生を、限りあるものと自覚し、そこに、如何に生きるべきかと言う意味づけをする事が、人としての生きるあり方なんだろうと思います。

ええ、良く言われる事で理解できます。
「限りある人生を、限りあるものと自覚し、」とは、どうして限りがり、自覚に至ったのか?
と言う疑問は在りますね。
ここは宗教の掲示板で余り深く(唯幻論を語るのは)入り込むのは場違いか?
とも思いますので止めておきます(何を言っているのだ知識[言葉]を有していないのだろう!
とお思いの方も多いのでは?図星です、生兵法はなんとやらです)

>如何に生きるべきかと言う意味づけをする事が、

意味付けをしなければ生きていけないのが人間だと考えている訳です。
この有限のにおいて私という個の何らかの成果と言うか?足跡というか?
先に挙げた後悔をしたくない訳ですね。
他の動物のように意味付けが必要なければ越した事とはないのだと考えています。

>人としての生きるあり方なんだろうと思います。

ではなくて、人間だからそうならざるを得ないんだろうと、私は捉える訳です。
しかし、この部分が非常に重要なんだと愚考致しているしです。

>死をもその意味付けの中に取り込んでしまう事に成功すれば、
精神的な意味での死の恐怖は克服されるのでは無いかと思います。

そうでしょうね。
死への意味付けは既に私が挙げたもので自殺が在りますね。
ただ多くの文化で自殺はタブー視されていますから人間は容易く自殺は出来ない。
「死に甲斐」と言う語がかつての日本においては(大東亜戦争以前まで)存在したようですが
現在の日本においてはいかほどの言語としての力を有しているでしょうか?
ほぼ死語の様相を呈していそうでが、中東辺りでは「死に甲斐」が結構存在していそうですね。

こんな言葉があります。
人間が「生きがい」を求めるということが、人類にもっとも大きな被害を
及ぼす行動なんです。
生きがいを求めずに生きられる人間がいるとすれば、最も平和的な、
人に迷惑をかけない人間なんですよ。(幻想を語る 岸田秀 青土社)

是全幻想


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