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19
:
れん
:2009/06/28(日) 18:41:20
顕正居士さん。
そもそも大乗仏教そのものの中に、宗祖本仏の因子があり、宗祖の教説の自然的な発展が日興門流の宗祖本仏観であるとの御教示を頂き有り難うございます。
私も、両巻血脈につきましては、室町中期の八品派祖・慶林房日隆師の活躍に刺激されて、日尊師門流にて両巻血脈が纏められ、尊門出身の左京日教師・大法律師日眼師により、富士五山に両巻血脈がもたらされ、受容されていったものと思います。日尊師門流の変説は、外面的には天文法乱・永禄の規約という時代の流れを受けて、内面的には同門中興の広蔵日辰師が堺における日真門徒本隆寺の僧侶との法論に敗れて、不造像・不読誦を立てる富士五山の義を捨てて、積極的に造像・読誦を推進したことによるものであると思います。
日郷師門流においては、日郷師の弟子の薩摩日睿師の著・類集記には、「名字即内にて五十二位をも仏の知見をも開示悟入をも得るなり」と名字即成道を示し、宗祖について「大上人三の義有す。一には父母。二には主君。三には師匠。御入滅以後は此義失するか然らず。上人三義有す。一切衆生の戒師定師恵師。彼此六義あるべし。人法各二。人にをいて主師親。法にをいて戒定恵六を上人具足し給へり」と定義し、又、一方で、「仏三次第あり。一、久遠釈迦〈是にあみだあり〉。二、三千塵点釈迦〈是にあみだあり〉。三、今日釈迦〈又西方あみだ〉。顕本する時は皆仮立なり。有名無実の仏なり」と述べており、同じく薩摩日睿師の著述の後信抄に「此の初一念の識より前は無覚了の極位なり。是を本覚真如の都と名く。此の本覚の心に背きて以て起こる、木石に異なるを初一念と名く」「抑も法性真如の都を出つと云ふ事は何事ぞや。答ふ、経に云く、仏一切衆生の心中を見るに皆如来有りて結伽趺坐したまふ文。我等衆生本より諸仏の性を含み、十方三世の諸仏も亦我等衆生の性を備へ給へり。故に凡聖一如と云ふなり(中略)但し秘密の奥蔵を開く之を名つけて妙と為すと先徳大師達釈し定め給へり。其の秘密とは何事ぞや。答へて云く、我等一切衆生が妙法蓮華経にて有りけるなり」と、室町中期に確立した日興門流の宗祖本仏観の前段階とも謂うべき思想が見えるのが注目されるところで、日興門流における宗祖本仏観の成立の胎動は、南北朝時代にあったものと考えております。
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