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12れん:2009/02/05(木) 10:19:57
独学徒さん

妙法寺の石山紫宸殿の模刻が“戒壇本尊写し”と伝承されている事実は、軽くないかも知れませんね。石山紫宸殿は応永年間あたりから、盛んに模刻が作成されており、この模刻の原本、つまり現在の石山紫宸殿が、当時の日道門下では、信仰の中心に置かれていた漫荼羅であることを物語るのではないかと思います。




犀角独歩さん

“万年救護”の呼称の文献上の初見は、管見に入った限りでは、安土桃山時代頃の日長書状(千葉県の歴史 中世3 県史16 441ページ)の様です。


“戒壇本尊”の呼称は石山日主の日興跡条々事示書が初見でしょう。何れも、安土桃山時代頃の物であることは注意されるところですね。


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