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日蓮聖人の僧侶観
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犀角独歩
:2008/10/28(火) 02:44:10
問答名人さん
『守護国家論』『立正安国論』における日蓮聖人の僧侶観は、善悪2種を立てているという点は、際だった特徴であるように思えます。
さら、その特徴は悪僧、つまり、爾前教による僧侶に対する断固とした態度は特筆に値します。
謗法人無小善 故留施加苦治也(災難興起由来)
釈迦之以前仏教者雖斬其罪能仁之以後経説者則止其施(立正安国論)
留施・止施はさらに、問答さんが異を唱えられた 駈遣呵責挙処 という具体的な処罰規定にまで及びます。
一方、国王(為政者)に対しては、天(神)罰を訴えるのみで人為的な処罰を記しません。
これはしかし、当然のことで、国を支配する為政者を僧侶が処罰できるはずもなく、臣民もまた同様だからでしょう。
僧侶は国の支配下にあるような印象を懐きますが、しかし、『涅槃経』の有徳王・覚徳比丘物語の引用は、むしろ逆で、正僧を国王が武力をもって擁護することをしばしば書いています。ところが、こうした理想的な僧(日蓮)俗(国主)関係は実現されることはなく、王法によって処罰される日蓮聖人は、「其罪畢已」という視点から再考添加していく経緯が『転重軽受法門』『開目抄』といった諸書に逢難という視点から考えられていきます。
日蓮聖人の僧侶観は、当初、持戒について厳しく考えながら、善悪2種の僧侶観から、悪僧への留/止施、そして、善僧は逢難/其罪畢已で仏果を遂げるという形成をなしているように見えますが、どうでしょうか。
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