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戦争を考える
9
:
犀角独歩
:2005/11/14(月) 09:56:04
匿名さん、あなたの議論の仕方は、自分の過ち、非を認めず、非礼を詫びるわけでもなく、不都合な点は無視し、自分の言いたいことだけを言う実に卑怯なやり方であり、到底、まともに話し合いとは思えません。その意味であなたとは議論は成り立ちません。しかしながら、以下の点は、まったく仏教に対する誤解から来ているので、一応、間違いをただしておきます。
>>シャキャムニは出家したのであって、国家という家からも出たのです。
> 国家の決定である軍隊を云々する理由はありません。
もちろん、シャキャムニが国政を云々することはありませんでした。
また、国家も、シャキャムニを含む林棲期に入った修行者を国家統制の枠内に入れることはありませんでした。しかし、それは弟子である出家に対してまでです。在家信者は、その不殺生の教えをもって社会に生きることを教えているわけです。そこには布教もあり、不殺生の奨励も、主張もあったでしょう。ここでは既に自戒から社会へ開かれています。
また、シャキャムニの時代と現代は、以下の点で大きく違っています。
すなわち、日本では、真の出家を法律が認めないということです。
出家とは、単に自分の家を出るということではなく、国家体制、社会から分離すること意味します。つまり、法律の外にも出ます。戸籍も捨てます。貨幣を含む経済構造からも出ます。それがシャキャムニが言う出家です。しかし、日本ではそのようなことは法律が認めません。明治太政官布以降、僧侶といえども、一般人に引き戻され、ここに日本の出家はいなくなりました。出家といえども、乞食(こつじき)鉄鉢に受けた金銭まで税金が課せられ、20歳になれば投票権も放棄されません。
また、何より、在家信者は、シャキャムニの時代から今日に至るまで、出家ではなく、この社会に生活をしながら、仏教を信仰する人々です。つまり、日本において、出家・在家を通じて、国民であるという点は、シャキャムニの時代の出家とは大きく異なっていると言うことです。また、宗教法人も国家の定める憲法・法律に基づいています。つまり、国法の範囲にあります。となれば、憲法改正は宗教法人とその構成員、並びに信者にとって現実的な問題です。故に自己の信念信条に基づいて、一国民として信念信条をもって世に問うことは何らそこに限界があるとは言えません。他の国民と同様、まったく同じ権利と義務を有するからです。あなたは、この点を勘違いしています。
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