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戦争を考える

84犀角独歩:2005/11/24(木) 09:06:51

不殺生戒というのは「人を殺すなかれ」という範疇に留まる戒ではありません。生きとして生きる一切(一切衆生)を殺すなかれという戒です。

ですから、初期の釈迦教団において、出家が三つ持つことが許された袈裟・鉄鉢・濾水嚢の‘濾水嚢’とは、水を飲む際に水に棲む小さな生物を一緒に呑み込み、殺してしまわないためのものであったのでしょう。

不殺生戒の最大の影響は宗教典礼のなかから人身御供、生け贄という風習を廃れさせたことであり、また、社会一般に対して、殺すことを罪悪視するという観念を人類に植え付けたことにあったのでしょう。

仏教徒として、戦争を語るとは、不殺生戒の視点から、その行為が罪悪であることは明確にするところにあるのだろうわたしは考えます。

憲法改正を含む軍隊肯定論は、このような何が罪であるのかという感覚を麻痺させる副次的な悪影響がある点を見落としてはならないと思います。

ここでも、すでに始まっていますが、自衛隊(軍人)を特別視する賛美は、やがて、軍部を頂点にする軍事政権へ移行する危機を孕んでいます。

昨日、TBSで報道された特別企画「戦後60年ヒロシマ」を観ました。
このなかで、原爆が当初、防衛兵器として、予算計上され開発されたという点が重要であると思えました。防衛の相手はドイツでした。しかし、ドイツは降伏します。しかし、その開発は中止されませんでした。防衛の武器であった原爆は、やがて、日本を無条件降伏させる攻撃武器という名目によって、その開発は続行されます。ところが日本は無条件降伏を決め、その取りなしをソ連に委ねるという完全に相手を間違えた選択をします。平和使節として選んだ当のソ連は8月15日日本進撃を決め、そのアメリカに密談を伝えた。トルーマンは、ポツダムに向かう戦場で、日本がソ連に送った戦争終結モールス信号を傍受した報告を受けた。ここで、天皇制を保護することを約すれば、日本は無条件降伏し、戦争はそこで終わらせることができた。トルーマンが原爆実験成功の報告を聞いたのはまさにポツダムであった。しかし、アメリカは、戦後、世界にその威信を示すために、何より、対ソ連を威嚇するために、日本に原爆を落としてしまうわけです。軍部の一人は、原爆は落とさなければならなかったのではなく、落としたかったのだと語ったところに戦争に絡む人間心理の錯綜がもっとも端的に現れていたと思えました。

この特集は、原爆開発に直接関与し、エノラ・ゲイに乗り込み、そして、ヒロシマのキノコ雲を撮影した張本人アグニューが来日、広島を訪れ、被爆当時8歳であった‘少年’、17歳であった‘少女’と対談したところで終わっています。この2人は必死になって、自分達が受けた苦悩と広島の惨状を訴えます。しかし、その言葉は決して伝わりませんでした。惨状を訴えれば訴えるほど、この科学者は、自分が開発した武器が優秀で十分な威力を発揮したかを確認したのに過ぎなかった。つまり、市民が感じる惨状がひどければひどいほど、その武器、軍事行動が「威力があった」と思いを募らせるというまったく逆の心理となっている構造がそこにはっきりと現れていました。「惨状」が「威力」に翻訳されてしまうわけです。


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