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戦争を考える
43
:
犀角独歩
:2005/11/20(日) 15:20:18
> 日本が真の独立国家だと思ったら大間違い
わたしもうそう記してきましたが。
> 書いていて気が付きましたが、つまり
>> 「平和を愛し、そして最も戦争を阻止したいのは、専守防衛の自衛隊です。」
> の「最も」に問題があるわけですね。
>
> この一文は、私の記述ではないので、私が提示したのは不適切だったかもしれません。
そうです。そのとおりです。
> いずれにしても、戦争を回避する方法は、ひとつだけではだめ
これも、わたしは、そのように記しました。
> 「糸つむぎ」…イギリス製綿製品の不買運動…戦争を回避する
あなたの話はかつてある人から聞いた話と同じです。
お会いしたことがありましたか。
これは当然の話であって、ガンジーは非暴力、不服従をいい、この後者に、この件はカテゴライズされると思ったので、わたしは省略しました。
しかし、ガンジーは非暴力を訴えたのです。軍事肯定者が引用される人物ではないでしょう。
ここ以下、記されることは当然のことです。
> ですから、平和へのアプローチというのは、あらゆるところからあっていいものではないでしょうか。
当然でしょうね。
ですから、仏教からもあってもよい、しかし、仏教は全体ではありません。人類の知的資産のごく一部に過ぎません。その一部から述べているということです。
> …机上の空論
あなたは、わたしが机上の空論と言うことの意味を取り違えているわけです。
仏教とは、政治ではありません。信念心情です。ですから、ここでは、目標とすべき信念、理想郷を言うのは極当然のことです。
たとえば、路傍のお地蔵さんにお年寄りが、「平和な世の中になりますように」と祈ることは机上空論ではありません。
しかし、国政を担うものが、ただ、こう言えば、机上の空論でしょう。なぜならば、後者は実務に携わるからです。
わたしは、何度もこの点を記していますが、あなたの頭のなかでここが整理されないのです。わたしは仏教徒として、また、かつて国家から被害を受けた立場から、戦争反対、憲法改正反対といっているのです。一方、あなたは、自分の仏教の立場を明らかにするわけではなく、国政の立場から論じているのでしょう。ですから、議論が噛み合わないわけです。わたしは、ここは仏教の掲示板であると何度も記したのは、ここで予算起案の真似事をすることを目的とするのではなく、不殺生から考え出すとき、どのような役割が仏教が担えるかを考えようと言っているのです。
しかし、あなたは仏教からではなく、どちらかというと政治、自衛隊から物をもうしていませんか。ですから、噛み合わない。このような点を、どうも、あなたはわからない。
> 自衛隊が「反戦」を訴える国民を殴ったり殺したりすることは、そんなことは、まずない
そんなことは、わかりませんよ。
わたしは学生時代、丸腰でデモに参加したとき、武装警官に殴りかかられました。
> 自衛隊に限らず「非暴力、不戦、不殺生」を訴える人を、誰も殴ったり、殺しにかかったりはしないと思います。
では、インド、ガンジーの例は、どうなのでしょうか。
彼らは何故非暴力を訴えたのに、殺されたのですか。
日本ではそうはならない。それは現代の平和ボケした楽観的な観察に過ぎないでしょう。わずか半世紀前、日本人は武装して、非戦闘員を殺していました。
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