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戦争を考える

397犀角独歩:2006/03/12(日) 15:09:40

藤川さん

わたしは自民党議員が「靖国神社に天皇が参拝」を言うことに永らく違和感を懐いていたのですが、どうも、その点を言語化できないでいたのです。
しかし、今回、三土師の話を聞き、その著『靖国問題の原点』を読み、自分なりに納得できることがありました。

「靖国神社に神と祀られる資格…対外戦争での死者にも適用されていくことになる。戦争があるたびに靖国神社では合祀祭という祭典が催され、祭神の数が増えてゆくことになったが、そのように祭神の数を増やしてゆく神社というのは、それまでの日本の伝統になかったものである。
 そして“その祭神には天皇でさえ再考の礼を尽くして拝礼する”…“戦死者は天皇にさえ先立って神とされたわけである”。」(P76)

つまり、天皇の軍隊、兵隊であった者が、この靖国という現場では、天皇に拝礼させ、拝ませる神に成り上がっているのです。これは、天皇が天皇の祖神を拝するのとは根本的に意味が違っています。

臣下であった者が、天皇の上に立ち、神になって天皇に拝ませられるという不遜な構造がここにあるのではないでしょうか。

そして、このようなことを主張する連中は

「『押しつけ憲法改正』を声高に主張する人にかぎって、それによって達成しようとしている現代的目標はむしろアメリカの世界戦略への無批判の追従であるという、何とも皮肉な『ねじれ現象』が顕著で、その矛盾を見透かされている」(P41)

わけです。

別段、わたしは、ここで尊皇を鼓舞する意図はありませんが、しかし、靖国神社の宗教構造は、天皇の兵隊が、戦死すると祭神となって天皇に拝まれる立場になるという実に不届きな構造を呈しており、それを強要する自民党議員というのは、尊皇者からすれば、これ以上の不敬はないと思いますが、如何でしょうか。


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