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戦争を考える

380犀角独歩:2005/12/19(月) 00:28:35

では、匿名さんへの質問とは別に、358へ続け、記してまいります。

Milgram がいうところの政治学で言う「権威」とは、やや意味を異にします。

「児童発達の研究者たちがずっと以前から認めているように、『最初の社会関係は、権威の指示を認識し、それに屈服する関係である』(イングリッシュ、1961)」(『服従の心理』(河出書房新社)P271)

という命令系統の認知と服従という動物本能に由来することをいうようです。

「ビアステットは、権威の存在は政府の存在よりも根本的な現象である、といみじくも指摘している。『……権威の問題は、適切な社会構造理論の根底そのものにある。……政府でさえ、ある意味では、単に政治的現象ではなく、第一に、そして根本的に社会的現象であり、そして……政府を生み出す母体は秩序と構造をもっている。政府の反対がアナーキーであるとすれば、社会の反対はアノミーである。いいかえれば、権威とは、狭い意味での純粋に政治的な現象ではない。権威は、政治的社会体制においてのみならず、その体制のすべてにおいて存在するからである。どれほど小さな、どれほど一時的な組織であれ、あらゆる社会組織に、それ自身の権威構造がある」(同P276)

このように研究される権威とは、政治的に正当性が認められれば肯定されるという類のものではありません。その権威に服従する心理構造が正常かどうかということに視点があります。

たとえば、ドイツにおいて、ナチスは権力の正当性を得て国民に指示されたわけですが、しかし、そのドイツ国民の権威への服従は明らかに間違っていました。

また、いまここで取り上げている Milgram が権威へ服従の危機を研究したのは、以上のような理由に基づくのでしょう。国民全員が賛成したとしても、異常は異常であり、間違いは間違いだからです。

Milgram が分析した権威というのは、以上のような点です。
さらに追って投稿するつもりですが、本日は遅いので、続きは本朝以降といたします。


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