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戦争を考える

37匿名:2005/11/20(日) 12:19:14
>>「不殺生戒」を犯しているわけではありません。
>この点にだけは一言言っておきます。
>殺生を前提にしない軍隊など有り得ません。攻め入ってきた敵は殺さなければならないからです。こういう論法を詭弁です。

しかし、最初から撃沈はしませんからね。威嚇で追っ払うのが最初でしょう。
それでも、殺生を前提とする自衛隊は、それだけで既に不殺生戒を犯したことになる。とするならば、何度も記して申し訳ないですが、

「世界情報ボックス」>167
>不殺生は自戒です。これを破ると決めたら、自爆テロでも、演説中の代議士の刀で叩き斬るぐらい気分は、勿論、持ち合わせています。金や権力に目を眩まして、民を欺く奴は軍人だろうが、代議士だろうが、命を懸けてでも、鉄槌を食らわす覚悟はあります。自衛防衛だとうそぶいて武器を持っても撃てない連中より、必至の一人のほうがやり遂げられることだってあるわけです。正当防衛だ、任務だから殺人じゃないなんて下らないことは言いません。やるときは殺人だと覚悟を決めてやるでしょう。抜刀とはそういう意味ですよ。

自戒を破るとなればという前提ながら、これを記すことは破戒領域に入っていたのではないでしょうか。
仏教徒においてという観点から、私は種々、投稿内容に批判を向けられました。しかしながら、この記述は仏教徒としては決して望ましい記述とはいえないです。

恐らく、「侮辱」という言葉がありましたから、そのようなお気持ちから、つい筆が滑った失言だろうとは拝察いたしますが…。
しかし、だからこそ、怒るなかれという戒めからはじめなければならないのではないかと思いますね。失礼ながら、あなたを見ていると。

>また、仏教は自衛隊に不殺生戒を守らせるためにあるのでもありません。

この点については、教えて頂きたいのですが。
お釈迦さまは、出家されたお立場から、国家のことには口を出さかったでしょうから、当時のインドの軍隊についても、どうであるべきということは述べられていないのだろうと思います。一方で、在家の方々はどうだったのでしょうか。また、兵士は兵士のままでは入門は許されず、また仏教の信仰を持つことさえもできなかったのでしょうか。

>> 憲法を改正させてはならない。私は仏教徒として、そういう考えでいます。
>ですから、このような考えに、わたしは一度たりとも否定などしてはいないわけです。

これはお互いの合意点ですね。

>たとえば、年金制度、国民皆保険制度、もっと言えば、国鉄、郵便局などをとっても、いまのように改悪されるとは成立当時は誰しも思ってはいませんでした。

今後は、、国民が望む「高福祉低負担」というわけにはどうしてもいかないでしょうね。「高福祉高負担」(スウェーデン型)か、「低福祉低負担」(英米型)か、「中福祉中負担」(これまでの日本)か、これらのどの道を国民は選択するのか。そこが、まず議論になるべきところではないかと私は考えております。
国鉄の民営化は、JR福知山線の脱線事故など、弊害だったといえるでしょうけれど、どうなんでしょう、一応はうまくいったのではないでしょうか。
郵政民営化は、私は反対でした。しかし、これも、アメリカからの圧力に応じてしまったということですね。


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