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戦争を考える

350犀角独歩:2005/12/16(金) 10:47:03

―349からつづく―

それが仮に純日蓮教学の改変となったとしても、そのようにしなければならないという思いがあります。また、その思いは過去100年前より始まった科学的仏教研究において、もはや、日蓮がいう教学は、法華経も、天台も、三時(正像末)観の基礎となる無謬性は一切合切瓦解したわけですから、再構築し、再歴史化の段階に入っている以上、その再構築のなかにポアとジハード、さらに(因果応報を含む)差別観もまた除去していく作業があってしかるべきという態度がわたしにはあります。

以上は前提です。この前提から、進むべき仏教徒の在り方は、と考えるところから『戦争を考える』というテーマは横たわっています。

ここで戻るべき原点は、不殺生、非暴力、不服従という点にあるとわたしは考えます。
これはいったんは中国において鎮護仏教と改変された教えを、ブッダ・サンガの原点に戻し、そこから、今一度日蓮を位置づけることも意味します。また、仏教は自覚の教えですから、第三者操作を意図した情報へは強い警告を懐かなければならないという思いがわたしにはあります。ここで重要な点は、情報を自覚によって処理できる心的能力の確保ということになります。この能力こそ、権威への不服従、自律を有するものでしょう。

以上の前提から考えますが、ここ日本という国家の特殊性を考えるとき、まず、民主主義ということ、権威と民、そして、その操作を考える前提で、考証の基礎とする資料として、挙げたのがJuan José Linz の権威主義体制の研究、Theodor Ludwig Wiesengrund Adornoの権威主義的パーソナリティの研究、Herbert Marcuseが示したエロス的文明、Jürgen Habermas の公共性理論、石橋湛山の政教の実践でした。この点については、これから記していきます。

また、戦意という生物的衝動の発生は動物学者・Konrad Lorenz の同種攻撃分析が多くを語るところですから、この点への注意を促したわけです。また、戦意に関わる軍隊組織の構造は社会心理学の研究課題である権威と服従という重大なテーマと関連します。故にこの点では秀逸な研究成果を残した Stanley Milgram を参考にし、Erich Fromm が宗教と政治、ひいては戦争を可能にする心理構造の分析として挙げた権威主義的パーソナリティという視点を基礎に置きながら、「なぜ、人はそのように考え、そのように選択するのか。そこには権威からの操作はないのか」という点を考えたいという思いがあります。

ただし、その前にやや、民主主義ということについて、先ず考えてみたいという思いから橋本努師の「民主主義」を挙げたわけです。

http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/My%20Essay%20on%20Democracy.htm

また、これらの点で、政治から考える人、…当掲示板では、匿名さんですから…、いったい、以上の諸資料につき、どのような見解を懐き、わたしの違っているのかを先に確認して置いたほうが、記述を簡便にできると思い、お尋ねしたのですが、「気が向かない」ということなので、致し方なく、では自主的に論考を薦めることといたします。

なお、誤解があるようなので一言しますが、先に挙げた資料は政治と民主主義を考える人であれば、どの学者も著名な人ばかりですから、直ちにコメントが返ってくるものとばかり思っていましたので、わたしは「驚いた」と記したわけです。しかし、ここに何ら、揶揄、もしくは批判の意図はありませんでした。

では、昨日、「先走って」と記した点から記しながら、民と権威という問題に立ち入り、巡り、仏教視点に戻ろうと思います。


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