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戦争を考える

35匿名:2005/11/20(日) 12:15:45
>アメリカのご都合であることがこの一事を見ても雄弁に語っているだけであるとわたしは考えます

語弊があるかもしれませんが、日本が真の独立国家だと思ったら大間違いなわけで、何も間違いではないでしょう。逆に何の問題があるというのでしょう。ただ、まあ、こうやってコメントを返すから、感情論になっていくんでしょうね。

>>平和を愛し、そして最も戦争を阻止したいのは、専守防衛の自衛隊です。
>これは議論の片方だけを切り出していますね。

議論の片方だけというか、自衛隊の話が出たので、そのことに触れて知っていることを書いたということですけど。

>このやり取りで、わたしは、では、日本で先の敗戦で殺され、原爆に殺された人々、その本人の家族は平和を愛していないのかと問うているのです。

この点については、何も、否定も反論もしておりません。自衛隊が違憲かという議論について、コメントさせていただいたということです。

>再度、声を大にしてはっきり言いますが、自衛隊員がなどということではなく、実際に家族を殺され、家財産を失った人以上平和を愛する人々はいません。

私も再度言いますが、そのことは何も否定していません。

>それを自衛隊だというところに一切の奢りがあり、故にこのような論法を傲慢だと言ったのです。

書いていて気が付きましたが、つまり
「平和を愛し、そして最も戦争を阻止したいのは、専守防衛の自衛隊です。」
の「最も」に問題があるわけですね。

この一文は、私の記述ではないので、私が提示したのは不適切だったかもしれません。

いずれにしても、戦争を回避する方法は、ひとつだけではだめだと思います。いくつかの要因が揃わなければならないわけで、
まず何より、国民が戦争を回避したい、戦争を反対するという「意思」が第一でしょう。戦争を反対する国民の意思。
これを犀角独歩さんは、仏教徒の立場で強く主張されているわけですね。その立場に対しては、私は異論はありません。

次にその国民の意思を受けた、国家の政策が重用になります。ここからはやや複合的でしょう。
産業革命以降の戦争は、どうしても本質は資源争奪戦ですから、それを回避する資源確保の問題をしっかりさせなければならないわけです。

非暴力主義の象徴としてガンジーの記述がよく見受けられました。インド独立をかけた不服従運動では、非暴力ももちろんのことですが、併せて「糸つむぎ」も見落としてはならないでしょう。伝統的手法によるインド綿製品の着用を呼びかけて、イギリス製綿製品の不買運動を起こしたわけですが、つまり国内の自給政策をしっかり考えていくことも、戦争を回避する重要な政策だと思います。

戦争を回避するためには、そういう問題を日常的に考えていかなければならない。それも怠ってはならない、反戦のための対策だろうと思います。そして、その政策のひとつには、防衛政策からの戦争回避へのアプローチも不可欠です。
やはりある程度の軍事的防衛を示しておくことも、戦争を回避するひとつの手立てであると考えます。
もちろんその裏で、利権に群がる不届きな人々もたくさんいることも承知してえります。だからといってさりとて、この政策を外すことはできないわけです。できるだけそのようなことにならないように、国民の監視というものも怠ってはならないでしょう。その意味でも、自衛隊への関心というのは重要です。権力というのは、人の監視がなければ、横暴を極めていく存在ですから、まさにこれは国民の関心と監視がそれを防ぐものだと考えます。

ですから、平和へのアプローチというのは、あらゆるところからあっていいものではないでしょうか。
たまたまひとつのことを示したからといって、他のことが否定されたり、斥けられたりというものではないと思います。
私は読んでいて、そのように感じましたけれども。


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