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戦争を考える

344犀角独歩:2005/12/15(木) 18:50:57

―343からつづく―

変わりばえのない人類という種は、戦争という本能的な衝動を抑えきれるようにはできていないのかという点について、しかし、ローレンツは希望的な結論を置いています。

「知識の増大は人間に真の理想を与え、同様にユーモアの力の増大は人間に偽りをあざ笑う助けとなるだろう」(P377)
「旧石器時代からついこの間まで最高の美徳…「祖国なくして何の正邪ぞ」といったいくたの標語は、今では物を考える人なら危険である危険だと思うだろうし、ユーモアを解する人にはこっけいに思われるのだ。これは有望なことにちがいない」(P377)

無関心ということが悪徳のように論じられますが、

「現代が無味乾燥で、青年が深く懐疑的であることを嘆く人が多い。このふたつの現実はしかしながら、かつての人々ことに若い人々が完全にだまされた作られた理想、熱狂を解発するわなに対して反対するところの、それ自体健全な防御から発しているのだとわたしは信じるし、そうあってほしいと思っている」(P374)

と、埋めるものがあります。また、解決の方途として

「第一の規範は自明のことである。「汝自身を知れ」というアポロンの神殿に掲げられている言葉だ。これは、わたしたちが自分の行動の諸原因の連鎖を洞察する目を深めてほしいという要求を現しているのである…第二の方法は、精神分析の方法を使ういわゆる昇華の研究である。人間に特有のカタルシスであるこの昇華も、せき止められた攻撃本能を解放するのにたいへんに役に立つであろうと期待される」(P361)

多くの情報を集めることは、正確な判断の基礎を為します。しかしそれよりもっと重要なことは、情報を処理できる叡智を養うことです。このために、宗教は大いに役立つものであるとわたしは思います。

ここの論考は‘民主’というキーワードと密接に関連しています。
しかし、今日的課題として、民主に横たわる権威構造の問題は、大きなテーマを投げかけています。これらの点を考えるうえで、305に何人かの学者を挙げましたが、政治的発言に熱心な匿名さんが「気が向かない」と記されたのには、少々驚かされましたが、わたしは、民主と権威を論じる際に、これらの人々の提言も、少々引用して考えてみようと考えています。

この点について、やや先走って記せば、わたしは民主制と議会主義は、イコールの関係にあるとは考えません。

民意が反映されて政治が執行されるというより、単に民主制で選ばれた人が、政治という特殊な専門分野で実務を為すというのが現実であると認識しています。ですから、政治を監視するというより、政治家、官僚、公務員といった専門職を監視するというのが民主法治の在り方であると考えます。そのうえで、では、監視するに足りる地図となるものは何かと言えば、まさに社会科学であり、また、わたし個人にとっては仏教であるということです。この点は追々記してまいる所存です。


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