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戦争を考える

34犀角独歩:2005/11/19(土) 07:27:27

―33からつづく―

> 共産党の憲法に対する解釈

この問題は仏教徒とは関係がありません。
ただ言えることは、利権に関わらないと言う点では、藤川さんの言葉を借りれば、「ユダヤ資本と軍産複合体」よりは仏教界に近い存在でしょう。

> 「反米」という立場

立場を仏教において立てる必要はないでしょう。

> 宗教をアヘンと否定する共産主義思想の立場からいえば、仏教徒としては支持できるわけにはいきません

これは空論ではないでしょうか。世界の共産主義は既に崩壊しました。
いまどこに共産主義があるのですか。日本の共産党など、共産でも何でもありません。社会党もしかりでしょう。いまや弱小の国民政党の一つです。ここでは民主主義と資本主義が生きています。

国民の投票権に関わることですから、政党など、どこを指示しようが自由です。
しかし、昔は「野党といえば革新、与党といえば保守」と相場が決まっていました。ところがいまや、与党が革新を訴える時代です。あなたがここに記されたような各党縮図は古いものとなっています。いまでは通用しません。

> 日米同盟の立場において、護憲です。

この同盟という言葉はくせ者なのであって、国家、平和という旗印を立てながら、実際には、そこで世界規模の利権によって、万民を隷属する仕組みがないのかという点は注視しなければならないのではないでしょうか。

わたしがあなたと違うのは、「敵味方な」しという点が目標だというだけです。
中村元師『聖徳太子−地球的視点から』(東京書籍)の言葉を借りれば、

「非常に古い時代から、すでに日本の国は世界の人間の動きのなかに巻き込まれていて、その動きのなかで成長し、発展したものなのである。日本人が日本という独自の国を意識し、国民生活を形成するということは、世界史的な動きにおいてのみ可能であったのである。しばしば考えられるように、孤立した民族としてそのようなことを実現したのではない」(P12)


「『招提』とはパーリ語などでチャートゥッディサ(catudisa)という語の音を写しただけであるが、チャートゥッディサとは(catu=4つの意)とディサー(方角)という二語から形成された語で、「四方の」「四方の人」「万人への(愛情)」という意味である。……「四方の人」をドイツの学者は「世界市民」(Welbuger)と訳している。まさにコスモポリタンなのである。四方の人、コスモポリタンとしての理想を、鑑真和上は身をもって実践した」(P16)

「われは万人の友である。万人の仲間である。一切の生きとし生けるものの同情者である。慈しみのこころを修して、常に無傷害を楽しむ。『テーラ・ガータ』 」(P6)

「現実には極東の狭い島国で暮らしていたけれども、かれらの主観的意識の面においては、コスモポリタンであろうと望んでいた」(P17)

あなたのは発想は、どこでも見聞する保守系の政治論を、中庸を仏教思想の如く扱って自分の考えであると思っている点から、出ていないとわたしには思えます。そこには民の痛みもなければ、政財の裏事情もなく、共産主義を敵視することによって成り立っている戦後の保守論調しか感じられない。
もっと言えば、あなたは、仏教から何も学び取っていないと感じるわけです。


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