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戦争を考える

291犀角独歩:2005/12/13(火) 08:59:28

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このような考え方は、仏教の不健全且つ、差別的側面を助長するもっとも忌まわしい考え方でしょう。もし、仏教がこんな解釈しかできないのであれば、この教えは、この世から葬り去るのが一番の得策であるとわたしは考えます。

また、因果応報論は、仏教の教えであるというより、元来、バラモン教から引き継ぎに過ぎません。バラモン(支配階級の白人)、クシャトリヤ(黄色人種の王族・武人)、バイシャ(庶民)、スードラ(奴隷にされた褐色人種)によるカーストは、バルナと言われ、その意味は‘色’、すなわち、肌の色を意味します。

インドを侵略入した白人アーリア人が先住の褐色人種ドラビダ人を奴隷にしていった肯定論です。しかし、アーリア人の信仰には、サンサーラ(輪廻)という考えはなかったと言います。長尾雅人師に拠れば、ドラビダ人の間に「悪い行いをすると豚に生まれる」という素朴な輪廻信仰があったと言います。バラモン教はこれを採り入れて、発展させ、支配の道具としていったわけです。つまり、バラモンに生まれることは過去の善行により、奴隷となるのは過去の悪業というそれです。このような信仰によって侵略者たちは、インドを統治する肯定論としていったわけです。

そのような背景で生まれた釈尊は、「人は生まれによってバラモンになるのではない、(現在の)行いによってバラモンになる」といったのです。仏教は過去の行いを問うているものではなく、今と未来を問う教えであるからこそ、その意義があります。

原爆、無差別攻撃で虐殺された人々に、何の責任もありません。
わたしは、日本が政治として戦争を選択したから国民に戦争責任があるという考えにすら反対です。その理由は追々記しますが、このような政治的選択は、政治に対する無知、無関心に原因があるのではなく、そのように選択してしまう‘操作’にその原因があるというのが近代の社会心理学が明らかにしたところであるからです。
また、因果応報に代表される仏教的性悪論は、それ以上の悪しき仏教理解であり、このような考えは21世紀に断じて持ち込んではならない、そのためにわたしは仏教を再考したいと考えています。


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