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戦争を考える

170犀角独歩:2005/12/01(木) 15:34:25

望月哲也師(立正大学文学部教授)
『社会変動と宗教戦後日本の社会変動と宗教』
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/syoho/syoho34/s34_083.htm

師の反カルト運動、また、マインド・コントロールに対する見解と、わたしは違う立場・考えですが、上記講演は、社会と宗教を考えるうえで、なかなか参考になりました。(師はカルト・反カルトを宗教対宗教、もしくは宗教対国家の観点で論じていますが、実際のカルト問題はカルト対無宗教の家族という関係で生じている点からは論じられていないように見えます。この点で、見解を事にするということです。ただし、これはこの講演の社会と宗教を分析する師の秀逸さに疑義を挟むという意味ではありません。カルト、マインド・コントロールに係る見解のみわたしと違うということです)

わたしは政教分離という原則から宗教は私的枠組みを第一義とする考えですが、望月師、また、西山師は、世俗国家、国民国家という枠組みで封印された宗教の公共性の喪失に警鐘を鳴らしています。

(参:『公共問題と公共宗教』
    http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/23269593.html )
ただ、このような公共性は、政治的見地からの解釈ではなく、宗教者側からの自主的反省に基づく点が重要です。また、ここでいう宗教の公共性は近代、世俗国家論によって私事に追いやられた宗教を < 私事 - 公共 - 政治 > の中間に見、私事から公共への役割の拡大を示唆するものであるとわたしは受け止めた。

西山師が「真ん中(私事の集合)で宗教が活躍すべきではないのか。上=国家としては政治として、私生活としては心理学的に換言するのではなく、その真ん中で関わる。公共を大切にしながら個人の問題とどう関わるかに本化仏教がある」(当日メモ)と位置づけた視点にも、わたしは学ぶところがありました。


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